何かに何かを叩きつけたような音に、彼女――美神令子はびくりとなった。
「ママ……もう、そのくらいにしといた方が……」
彼女は目の前の母に進言する。先ほど、グラスをテーブルに叩きつけるように置いた母に。
夜遅くになってようやく帰って来たと思ったら、彼女の母はいきなりアルコールを飲み始めたのだ。彼女と違いあまり母は酒を飲まない。嗜む程度だ。そのはずなのだが、今の母は明らかに泥酔していた。
何かいやになる事があったのだろうか?
母のこの行動に、そのくらいしかさしたる理由が思いつかず付き合っていた彼女だが、浴びるように飲む母をさすがに心配になってきたのだ。
だが、母は取り合わない。グラスを再び透明な液体で満たし、それを一気に空ける。
「……私だってねぇ、好きでやってるわけじゃないのよぉ」
ようやく言葉を発したかと思えば、わけの判らないことだった。
「わかった。わかったわよ、ママ」
だが、彼女は取り合わない。とかく酔っ払いの考え方は整然としない。さっさとなだめて寝かせるのが最善なのだ。
「私だってぇ、あのコの事は好きよぉ。出来れば出してあげたいものぉ。でもぉ、それは出来ないのよぉ」
「うんうん。わかったよ、ママ。だからもう寝ましょ」
「やりたくなくてもやらなきゃならない事もあるのぉ。それが社会というものなのよぉ。今あのコを解き放ったりしたら絶対いい事ないもの。危険視されて、挙句の果てに殺される事だってぇあるかもぉ」
さらに一杯を空ける彼女の母。
「私だって辛いのよ。行くたびにあのコの顔が険しくなってくんだからぁ。命令でなけりゃ誰がこんな事……って聞いてんの令子ぉ?」
「聞いてる聞いてる。それで?」
「それをあんの小娘は。なぁにが監獄の中の小鳥よぉ。その通りよ欺瞞よ自己満足よしょうがないじゃない他に方法がないんだからぁ!」
突然母が叫び、彼女の胸に泣きついた。
「マ、ママ?」
「私だってやよ! でもだったら他に何があるのよ! 何もないからやってるんじゃない! ほかにあるんだったら教えてよぉ!」
「ママ……」
「私だってねぇ……私だって………………………………」
「ママ?」
母が急に押し黙ったので、彼女はいぶかしんだ。
胸にある母の顔を覗き見てみる。
母は熟睡していた。