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00/ 9/25  (更新情報へ)

今週の王様の耳はロバの耳:
 「日吉が斬ったのは左足なのに、次のコマで斬れてるのは右足!」
 「日吉が斬ったのは左足なのに、次のコマで斬れてるのは右足!」
 「日吉が斬ったのは左足なのに、次のコマで斬れてるのは右足!」
(地面に掘った穴に向かって大声で)

 というように、制作者側のうっかりミスであることが明白であるシーンをわざわざあげつらうのは良くないですよね!(手遅れ)
 こちらは椎名高志ファンホームページ C-WWW です。(手遅れ)


 それはともかく、サンデー43号の「MISTER ジパング」は、ついに日吉が「自分が信長に仕えて戦う理由」を明白にしたという点で、かなり大きな意味を持ったエピソードとなりました。
 日吉の心理に関しては、今まで「侍になりたいという野望が降って湧いたようにしか描写されていない」とか「何故、日吉は信長の側に居続けるのかの理由が判らない」とか色々言われ、読者にとってのフラストレーションの種の一つになっていたのは間違いないところだったのですけど、その懸念がついに今回のエピソードで払拭された、と思って良いでしょう。

 特に、上記の「日吉が自らの意思で戦って勝つ」という見開きのコマは、彼が自分の意志を明示化し、かつそれに対する覚悟完了っぷりを演出する、とても格好良いシーンであったと思います。そりゃもう、『覚悟のススメ』ばりに、コマの四隅に極太ゴシックフォントで

戦 士

降 臨

とか

秀 吉

覚 醒

とか

ラ ブ

ひ な

 とか書かれていてもおかしくないカッコ良さ! でしたよね!
 次のコマで斬った足が間違っているところを除けば!(しつこい)

 まぁ、今回の日吉の格好良さの演出に至るまでには、「信長行状改方」編で強制的に信長の付き人にされ、「戦争の猿たち」編では『信長の側にいれば安全だろう』とボケているうちに乱戦に巻き込まれて、ヒナタの意思の介入を受けて命を助けられたはいいけど日吉の闇の人格・ブラック日吉が覚醒する寸前まで追い込まれ、その挙げ句に「継ぐのは誰だ」編(その2)では『ボクは殿の側にいちゃいけないダメな人間なんだ! 助けてよ五右衛門! ボクを叱ってよ!』と緒方恵美ヴォイスが似合いそうな弱気な事言ったり(言ってません)と、かなり長い間に渡ってダメな様子が延々と描かれていました。つまり、読み手側の日吉に対するフラストレーションをあえて溜める方向で話が進んでいた訳です。
 マンガの方がこんな展開をする間、読者の中には、「眠る忍者」編で提示された「日吉が侍になる理由」が明白にならないままここまで話が進んでしまった事に対する疑問があったと思われます(少なくとも、私にはありました)。

 そこに来て今回の「信長に仕える理由」を見付けて覚悟完了した日吉が出てきたのですから、我々読み手が「ああ、やっと日吉が! オレの見たかった日吉がキたよ!」と素直に喜ぶのは当然と言えば当然ですな。巧い話の進め方するなぁと思った次第です。


 普通のマンガだと、話を盛り上げるために「最初に読者にストレスを与える展開をする」→「最後にそのストレスを発散する展開をしてカタルシスを得る」というパターンがよく使われます。
 例えば、「DAN DOH!! Xi」では、読者にストレスを与えるためのストレッサー(ストレス発生因子)として、ダンドーを性の奴隷として闇ルートに流そうとするエロオヤジや、警察権力を一手に握るカマっぽいエロオヤジといった如何にも一目で悪人と判るキャラを登場させ、その上で「あの手この手でダンドーを苦しめる→ダンドーが涙目で耐えて頑張る→ダンドー勝利→読者がカタルシスを得る」、という極めて判りやすい構造の繰り返しでストーリーを進行させています。
 読者は「最後はやっぱりダンドーが勝つに違いない」という事を知りながらも、ついついダンドーを応援してしまうように話ができているのです。

 今回の日吉の描写も基本的にはこれと同様の構造になっていますが、「DAN DOH!! Xi」と違うのは、ストレッサーが「敵キャラ」ではなく「日吉自身」になっていたという点です。
 今回のエピソードの直接の「敵」は松下家乗っ取りを狙う家臣の一人なのですけど、今回の日吉の台詞である『男なら一度や二度は勝負もするさ。他のことは全部踏み付けにしてもね。あいつは今がその時だって決めたんだ。』が示す通り、「DAN DOH!! Xi」のエロオヤジ達のような判りやすい敵としては位置付けられていません。
 更に上に遡れば、今回のお家騒動の間接的な原因は今川義元の(加江を側室に迎えたい、という)エロ言動に行き着きますけど、これも血縁関係による同盟を重視する戦国時代特有のロジックに従えば、(倫理的には問題があるにしろ)それほど理不尽なものではないと考えられます。

 つまり今回の事件は(「DAN DOH!! Xi」のように)善悪がハッキリしたものでは決してなく、加江を誘拐した家臣の側にも、そして加江の意思を尊重して彼女を救い出そうとした日吉の側にも、それなりの大義名分があったと言えます。だからこそ、自分の大義を押し通す為には、よりしっかりとした覚悟というか、自分自身の行動が正しいという明確な意思の表明が必要だったのだ、という事なのでしょう。
 今回のエピソードは、読者のストレッサーとなっていた日吉が自分自身でそれを払拭させ、我々読者に「日吉はスゲエ奴だ」と認識させるのが目的だったのではないか、と思っています。


 ただ、今回の日吉が覚悟完了モードに入る描写があまりに突然で、かつ今までの日吉の行動(「眠る忍者」編で見せた、極力直接交戦を避ける姿勢)と今回の行動とのギャップが激しかったのも確かであり、「いくら何でも唐突じゃないか」と困惑する人が出て来ているのも致し方ないと思います。これを払拭するには、今回提示された日吉の「信長と共に戦う理由」を、今後の展開の中で実証し、彼の意志に一貫性があることを証明して行かなければならないでしょう。
 個人的に、今までの日吉の行動については、彼の行動に一貫性がなかったこともあって今ひとつ腑に落ちないモノがあった(これを、私は「感情移入できないRPGの主人公キャラの行動を見ているような気分」と名付けています)ので、今後の日吉には、ぜひ「俺以上の、誰かのために!」っつう意志に従った行動をして頂きたいです。

 つうか、せっかく彼が「殿に仕えるために侍になるんだ!」と決意し、殿シャドウをまとって突撃すると攻撃力がアップすることが明白になったんですから、次に日吉と信長に再開した暁には、ぜひコマの四隅に極太ゴシックフォントで

ラ ブ

ひ な

 と書かれていても恥ずかしくない程のラブっぷりを発揮して頂きたい! このマンガの真のヒロインは信長である、という事実を忘れるな!
 暦の上ではすっかり秋めいてきた今日この頃ですが、でも日吉と殿のふたりの夏は始まったばかり! なのです!(ホントか)

更新情報:


お知らせ:
 Netscape navigator 4.x 対応のスタイルシートを用意しました。多分、先週よりはいくらかマトモに表示されているはずです。
 ネスケは長い間愛用して来たブラウザなんですけど、スタイルシートを使おうとすると、途端に「いい加減にしか CSS をサポートしていない、憎しみの対象となるブラウザ」に早変わりしますねトホホ。
 今では、CSS の確認用として、Internet Explorer 5.0 と共に Netscape 6 Preview 2 を試用しています。でも、ネスケはプレビュー版つうだけあって、ホントによくコケるけどな!(ドクロ)


00/ 9/18  (更新情報へ)

今週の妄想:
 超時空戦国伝承 濃尾戦隊オワリャー5(名古屋弁風・仮名)
 キャラ配役(2000/ 9 版)


 つうか、ピンクの適役(性別的な意味で)がいませんねこのマンガ。本来ならヒカゲかヒナタが入ればベストなのですが、彼女達は基本的になんちゃって忍者であり、格闘戦に向いていないのが戦隊モノではネックです。かと言って一益をピンクにするのはあまりにも忍びないので、一応ごくごく一部で「実は女じゃないか」疑惑が持ち上がっている五右衛門をピンクに配置した次第です。ピンクキャラ募集中。
 帰蝶姫が「アナタの負けよ!」と(わや姫風に)叫びながら爆弾手裏剣を投げるキャラに化けてくれると、子供にも大ウケできそうで最適なのですが(妄想)。

 と、ノルマの椎名高志作品ネタをクリアしながらこんにちは。こちらは椎名高志ファンホームページ C-WWW です。
 とりあえずノルマは果たしたので、後は他のサンデーのマンガの話を。


 まず、先週発売されたサンデー42号における最大のイベントは、勿論「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」(以下、じゃじゃ馬)の連載終了ということになります。

 私が「このマンガの連載が終了する」という噂を知ったのは、サンデー40号が発売された頃(連載終了2週間前)だったのですが、その頃のこのマンガはとても「2週間後に連載が終わる」とは想像すらできない程の相変わらずのマイペースっぷりで話が進展しており、正直言ってこのマンガが終わるだなんて微塵も思っていませんでした。
 ただ、熱心な「じゃじゃ馬」ファンの中には、この週の話の中に散りばめられていた連載終了の兆候の数々――「ダービー馬を育てる」のが夢の駿平の育てたヒコがダービーに出場、ひびきの出産が間近、悟×あぶみ、たづな×眼鏡屋の息子、ケン×マギーなどのサブキャラクター同士のカップルが成立している描写、そしてコミックス収録時の残り話数、など――の情報を敏感に察知し、ちゃんとこの段階で「残り2話で連載終了は十分あり得る」と予測していた方も多かったみたいです。流石ですなぁ。

 この「じゃじゃ馬」というマンガは、その内容がいわゆる「努力・友情・勝利」を主軸とする典型的少年マンガのフォーマットから大きく外れる作品であるためか、サンデー読者の間でも非常に好き嫌いが別れる傾向にあるようです。
 このマンガのそんな性質をよく表しているのが主人公の駿平というキャラで、大抵のマンガの主人公なら持っているはずの「(自分はこうありたい、という)明確な目的意識」が欠如していたり、いつまで経っても牧場で仕事をするには甘い部分が抜けずに精神的になかなか成長しなかったりと、少年マンガ誌の典型的な主人公と比較すると徹底的に魅力に欠けた存在であると言わざるを得ません。最終回を迎えた今となっても、彼のそういったダメな部分は、結局ほとんど改善されませんでした。

 ただ、だからと言っても決して主人公が全部ダメという訳でもなく、主人公が調教師として周囲に認めてもらえるだけの力を身に付けつつあったり、自分(と、ひびきや牧場)の将来の事を考えて獣医としての資格を取ろうとしたりと、それなりに人として成長している様も描写されています。勿論、彼の「成長」は(他の少年マンガの主人公に比べれば)極めて小さなものに過ぎませんが、我々現実社会にいる人間が(じゃじゃ馬が連載されていた)6年間の間にどれだけ「成長」することができるのか? という事を考えた場合、彼の成長は極めてリアルなスケールに収まっていると言えましょう。
 このマンガの主人公の位置付けは、あくまで「(ちょっとだけ幸運に恵まれた)普通の人」に過ぎない訳で、その普通の人が北海道の牧場という場所で徐々に変わっていく様を描いたのが、「じゃじゃ馬」というマンガなのです。つまり、このマンガは「主人公やそれを巡る人達の毎日の生活を鑑賞して楽しむ」という方向性が強いマンガであり、その方向性を面白く感じることができるかどうか(更に大げさに言えば、作品世界を愛することができるかどうか)で、このマンガに対する印象はかなり変わってくるのではないかと思われます。
 こういう感覚って、いわゆる育成ゲーム(ダビスタとかプリメとかときメモとか)の楽しみ方に近いモノがあると思います。育成ゲームでプレイヤーがやることは地味な作業の連続に過ぎませんが、ゲームの中で提示されている小目標を徐々にクリアして行く毎に育成している対象に愛着が沸き、そのうち「ゲームを続ける」という作業そのものが楽しくなって行くような感覚です。

 あと、最終回を読んで個人的にグッと来たのが、度重なる幸運に恵まれてダービーに出場したヒコが最下位に終わってガッカリ来ている駿平の横で、長年に渡ってダービー馬を作ることが夢だった醍醐の社長が「自分の牧場で育てた馬」がダービーで勝ったことに感激して大泣きしているシーンです。
 主人公の駿平も「いつかはダービー馬を育成したい」という大きな夢を持っているんですけど、その「夢」を実現させるのが如何に大変なことかってのがたった一コマでよく判る、非常に優れたシーンだと感心しました。このシーンには、「じゃじゃ馬」は一応サンデー42号で終わったのだが、しかし駿平の調教師・牧場主としての人生はまだ始まったばかりなのだ! っつう暗示が込められていると思います。
 正に「Never End」という言葉が相応しい終わり方だと思います。


 また「じゃじゃ馬」関連では、今も活発なファン活動を行っているガジさん主催のじゃじゃ馬ファンページ『渡会牧場 Power Page』から相互リンクの申し出を受けたことも、私にとっては思い出の一つです。Power Page のリンク集の紹介文に「私がこのHomePage作成を思い立つきっかけを作ってくれた大先輩」なんてステキな言葉が書かれているのを読んで、「ああ、ホームページ作って良かった!」と嬉しくなった時の思い出が走馬燈のように頭を巡ります。もうオレ死にそうです。
 ガジさんは当時から Nifty-Serve のコミックフォーラムで活発なファン活動を行っていた方でしたが、その勢いは Web でも健在で、毎週のように「じゃじゃ馬」の感想をアップし続ける熱意にはホント感心させられます。今の「渡会牧場 Power Page」の盛況っぷりも、ガジさんを初めとする Nifty-Serve 時代からの熱心なファンの方々の熱意があってこそでしょう。
 「ファンサイト」の正しい姿ってのはこういうサイトの事を言うんだよな、とか思ってる次第です。

 ……ああ、このサイトは、いったい何処で「正しいファンサイト」の道を踏み外してしまったのでしょうか。掲示板やチャットや日記に「(ドクロ)」とか「(嗤)」とかいうエフェクトが日常的に使われるファンサイトは、多分きっと普通のファンサイトのあるべき姿とは思えないのですがどうか?(ドクロ)
 やっぱり、椎名高志先生の作品のファンは変わり者ばっかりだ、という仮説は正しいのでしょうか?(←自分で言うな)

 ……それはともかく、その他のサンデー42号の注目点として、「トガリ」の突然の連載中断と、シドニーオリンピック記念の読み切り作品「とっても小さな水しぶき」についても、サンデーウォッチャーとしては語らなければなりません。

 まず「トガリ」ですが、作者の夏目 義徳氏のサイトに掲載されていた情報によれば、どうやら11月辺りから連載が再開される模様であり、その方面では一安心です。
 ただ、「今回人気なかったせいでもう発言力低くて・・・。路線変更余儀なくされます。」(9/6 の日記より)という一文が、なんかとても気になります。「トガリ」は個人的に、「今のサンデーに必要なマンガはコレだ!」と非常に高く買っていたマンガなのですけど、やはり人気がなかったのでしょうか?

 このマンガ、内容を一言で説明するのはちょっと難しいのですが、大まかなジャンルとしては「ベルセルク」と同じ部類に入るタイプのマンガです。この手の作品の常として、この「トガリ」でも、主人公は決して正義の存在ではなく、自らがこの世界に存在し続けるために常に世界と戦わなければならないという、テーマとしてはかなり重いモノを持っています。
 「トガリ」は、少なくともここ数年のサンデーにはなかったタイプのマンガですが、個人的には従来のサンデーっぽい格闘マンガ(「烈火の炎」や「デビデビ」など)よりも遥かに高く評価しています。従来のサンデーの路線からは大きく外れる異質な存在である「トガリ」を、私は「サンデーの変化の象徴」としてかなり期待していました。それだけに、作者の「路線変更」を臭わせる発言には、正直言って結構ガッカリしている次第です。
 まさか、「トガリ」がいきなりラブコメになって新登場とかしないよな?(←笑うところ)

 それにしても、今回の「トガリ」の件で、「やっぱちゃんと読者アンケートを出して、自分の好きなマンガを支援しないとダメなんだ」と、つくづく思いましたよ(新人作家の作品は特に)。もし連載が再開したら、例えプレゼントに欲しいグッズが一つもなくても、ちゃんとアンケート出したいと思います。ええマジでマジで。サラリーマンだって地球を救えるご時世なんだぜ!(伏線)
 とりあえず、今 Web サンデーのサイトでは「新連載緊急アンケート」を行っている模様なので、「トガリ」(や、「大棟梁」「タケル道」)を面白いと思っている人は、一発アンケートを出して「新連載を読んで面白いと思っている人間がこの世にちゃんと存在しているのだ」とアピールしてみては如何かと。サラリーマンらしく勤務中とかに(伏線回収)


 あと、読み切りの「とっても小さな水しぶき」(作者:永山愛子/取材協力:岩崎恭子)は、競泳用水着を来た女子がわんさか出て来た時点で、もう私などは「な! やっぱスクール水着よりも競泳用水着の方が断然いいよな! 機能的で飾りがなくてストイック! これッスよこれ!」と言いながら大喜びしていたりするのですが、それよりも私にとってツボだったのが、このマンガが「女の子同士の友情」をテーマにしている点です。
 少年マンガ誌に出てくる女子キャラって、もう二言目には「ずっと前からそばにいたはずなのに、ハートドキドキ響くのはなぜ?」なんて私のメモリアール系のラブにひなった発言をして来ることが多い(というか、それが少年マンガの典型的女子キャラの役割なので仕方がない)のですけど、今回の読み切りはそんなラブにひなるような展開は皆無! 「今まで彼女を思いやって来たつもりだったのに、それが逆に彼女を傷つけていたなんて! 二人が本気で競い合えるライバルになってこそ、本当のトモダチになれるって気付いたの! ラブ!」という話のテーマは、実は大変に私の感じるツボを刺激するんですよ! これでこそ世界を革命できる力を持った少女の姿なり! 目をハートにして二言目には「愛」とか「恋」とか言い出すステレオタイプな女子キャラには、もうウンザリだよね! 女子キャラが愛だの恋だの言い出したらもう終わりですよね! つうか、むしろ少年マンガに男キャラなんか必要ないよね!(←言い過ぎ)

 ……いやその、本当は「最近のサンデーにはありそうでなかった着眼点で話を作った、ありふれているようで実は新鮮なマンガ」と誉める予定だったのですが、どうしてこんな事に?(手遅れ)


 この読み切りの作者の永山愛子氏は、以前「サンデーR」で掲載された実績を作っている人ですね。「サンデーR」からいきなり週刊の方に進出を果たしたってことで、今後の注目株な作家になる可能性も高そうです。
 新連載の「タケル道」の作者の大和八重子氏は、通常の少年サンデー連載マンガ家が辿ったようなコース(月刊やサンデーRで読み切り掲載→月刊で連載→週刊で連載パターン。かつて椎名氏が辿ったエリートコースがコレ)ではなく、「サンデーR」に何回か掲載されてからいきなり週刊で連載を始めた、ということで一部のサンデーウォッチャーの間で話題になった(らしい)のですけど、「トガリ」の夏目氏といい今回の永山愛子氏といい、サンデーの作家の登用方法が変わってきているのかも。
 今の月刊サンデー超増刊って、「週刊少年サンデー連載予備軍」というよりは、「小学館の他の月刊誌に掲載する作家養成期間」という意味合いの方が強くなって来ている感じがします。「コミックGOTTA」「サンデーGX」の創刊に伴って、従来の雑誌が持つ意味合いも変わりつつあるのかも知れませんね。何にしろ新人作家の登用は大歓迎ですので、今後もガッツンガッツンやって頂きたい所存。

更新情報:

お知らせ:
 このページに本格的にスタイルシートを導入し始めましたが、その弊害として Netscape Communicator 4.x ではレイアウトが多少崩れて表示されるという不具合が発生しています(厳密に言えば、Netscape 側のスタイルシート周りのバグが原因)。
 ネスケ対策コード入りのスタイルシートは後日用意しますので、それまではガマンして下さい(わがまま)。あるいは、今 Netscape で公開している新しいバージョン・Netscape 6 Preview 2 を使って下さい(もっとわがまま)。


00/ 9/11 (更新情報へ)

 く、久米田の野郎〜・・・。
 またやりやがって〜・・・・。
 ――『ラブひな』の作者・赤松健先生の9月6日の日記より抜粋 (


 それにしても、主に心に闇を持っている人達に大人気なマンガ「かってに改蔵」が、かつて80年代に「さわやか青春週刊少年マンガ誌」としてブイブイ言わせていた週刊少年サンデーの表紙+巻頭カラーを飾るようになるとは、ホントいい時代(私にとって)になったものだと思います。

 今回、巻頭カラーでネタにされていた「ラブひな」を初めとするラブコメマンガが、言わば「モテたい」という人間の願望を全肯定してポジティブな方向に具体化することによって人気を得た作品であるとすれば、「かってに改蔵」は、逆にそのようなマンガの人気を支えている要素を意地悪く分析し、パロディ化して遊ぶという、かなりネガティブな面白がり方をする作品と定義できます。
 どちらのマンガの方が少年マンガ誌を読む普通の青少年にとって心理的に健全かと申せば、勿論前者の方になる訳なのですが(注:「ラブひな」のようなイージー&ハッピーなマンガが倫理的に健全かどうかという点については、ここでは問題にしません)、ある意味それの対照である「かってに改蔵」がここまで人気を伸ばしているってのは、現在の「改蔵」の面白さの根元にある「あらゆるモノを意地悪く分析してネタにして喜ぶ」姿勢そのものが読者に理解されつつあるのかも知れないな、と最近思っています。

 元来、この手の面白がり方は、パロディ同人誌などのマイナーな分野で「判る人には判る」的なものとして細々と行われてきたものなのですが、最近はこの手のカウンターカルチャーな視点が持つ「面白さ」を理解する人が増えて来ているのかも知れません。
 「かってに改蔵」に限らず、本来の作品の楽しみ方とはまったく違った視点から作品を研究した「トンデモ本の世界」や「空想科学読本」のような本がベストセラーになったり、世の森羅万象全てを話題の対象にして、真面目な人や正義感の強い人が見たらそれだけで卒倒しかねない「正直」な発言が飛び交っても問題にならない特殊な空間を造り上げた匿名掲示板「2ちゃんねる」が繁盛したりするのも、この流れの現れの一つなのではないか、とか思う次第です。

 まぁ、これらのひねくれた視点ってのは、良い意味で捉えれば「一つの価値観に囚われず、あらゆる事象に対して相対的にモノを考えることができる」という事であり、それだけ精神が健全である証拠であるとも言えます。今の時代を「価値観が均一化され、皆同じ事にしか興味を持たなくなった」と嘆いている論評を時折見かけますけど、その一方で「かってに改蔵」みたいな穿ったモノの見方を受け入れられる人間も多数存在するのも事実です。今の世の中は決して「価値観が均一化された」世界ではないと思いますよ。

 でも、そういう穿ったモノの見方をする人は、世間では結局「心に闇を持っている人」に分類されちゃうんですけどネ!
 でも大丈夫! これからは、きっと心に闇を持った人の時代がキますよ!(無責任)


誤解を与えないように書きますが、冒頭の赤松健センセは決して久米田センセに対して本当に怒っている訳ではなく、むしろネタにされて明らかに喜んでいる様子です。「改蔵」が指摘している人気取りのキーワードに合致するマンガを作っている、という姿勢を包み隠さず表明する赤松氏の姿は、なんか妙に潔いですわい。
 というか、「ラブひな」は最初からそういう視点から見る方が楽しいマンガなので、ピュアなファンな方々もぜひそういうイヤな視点を身に付けて頂きたい。


 そして、去る 9/8 に、そんな心に闇を持ったゲーマーに大ウケしたビジュアルノベル系ギャルゲー「Kanon」を作った Key の新作・「Air」が発売され、その筋のゲーマーが涙を流しながら大喜びでプレイしている模様です。

 「Kanon」は、内容を非常に簡単に説明すると「過去にトラウマを負って記憶障害になった主人公が、『うぐぅ』と言って鯛焼きを食べる少女・あゆを代表とする、一つの食べ物に異常な執着を示すおかしい女の子達に出会う」という内容(注:当方はまだ Kanon をプレイしておらず、Kanon に関する知識は全てネットとエロ同人誌から拾得しているので、多少内容がおかしい可能性があります)のゲームであり、「トラウマからの解放」「自分探しの旅」辺りのテーマ性にグッと来るタイプの人にバカ受けした(らしい)という経緯があります。今回の「Air」もその路線を継承・発展させている模様であり、この秋から冬にかけて心に闇を持った人の比率が多い(推測)オタク・サブカル界の話題の中心に来るのは間違いないのではないでしょうか。

 なので、心に闇を持った人の感性を刺激するネタに敏感な「かってに改蔵」が、「Air」を(To Heart や Kanon の様に)ネタにする日もそう遠くないものと確信しております。従って、心に闇を持つ我々サンデー読者と致しましては、「Air」を実際にプレイするまでは至らなくても、せめて Air というゲームが存在してソレっぽい人達に大ヒットしているという事実、および登場する主なキャラの名前と大まかな特徴くらいは今のうちに記憶しておいた方がいいのではないか、と思う次第であります。

今週の訓練:
 遠野美凪は天文部! 霧島佳乃は犬が好き! 神尾観鈴は元気で強い子!(←暗記するまで繰り返し)


 あと、Air という単語を聞くと、個人的には「GS美神」のコミックス4巻「漂流教室!」の回で、美神が黒板に書いた英文の中の一節「Our revels are now ended. These our actors, As I foretold you, were all spirits and Are melted into air, into thin air;」を何故か連想してしまいます。
 この文章、エラくセンテンスが格好良いので、何らかの作品からの引用なんじゃないかと前から思っていたのですが、試しに検索サイトで調べてみたところ、どうやらこれはシェークスピアの「テンペスト」(The Tempest) に出てくる一節である、という事が判明しました。勉強になりましたね。

 と、Air 繋がりで何とか椎名高志先生関連の話題をひねり出してみました。
 こちらは、椎名高志ファンホームページ C-WWW です(挨拶)。


更新情報:

*MISTER ジパング関連リンク集」に登録されているシモトハツミさんのサンデー感想ページ「サンデーのつぼ」の URL を修正しました。http://hiyonobu.hoops.ne.jp/ という気合いの入ったサブドメイン名を取得する辺り、ハツミさんの気合いの入りっぷりが伺えます(ひよのぶ方面に)。
 このページを初めとして、同行の士が集う「ひよのぶちゃっと」の新設、頻繁に更新される日記ページなど、ここ最近のハツミさんの快進撃は留まる所を知らない勢いです。ぜひ一度ご覧になって頂きたい所存。おすすめ。

* えらい久しぶりに、「椎名高志作品秘宝館」を更新しました。
椎名高志情報ページの「作品」の欄に、「MISTER ジパング」と「ワイド版椎名百貨店」を追加
グッズページの「その他未確認情報」の欄に、GS美神の「子供用シューズ」を追加(ちゃんねるA さん、情報提供ありがとうございます)


00/ 9/ 3 (更新情報へ)

秋アニメに向けての特訓その1:
 新兵「『犬夜叉』のかごめ役の雪乃五月さんは、『ラブひな』の乙姫むつみ役の人!」
 教官「もう一度!」
 新兵「『犬夜叉』のかごめ役の雪乃五月さんは、『ラブひな』の乙姫むつみ役の人!」
 教官「もう一度!」
 新兵「『犬夜叉』のかごめ役の雪乃五月さんは、『ラブひな』の乙姫むつみ役の人!」
 教官「もう一度!」


 なお、サンデー40号の「MISTER ジパング」において日吉が叫んでいた「ぶろすなんがかみやじゃない」という謎の言葉ですが、これはおそらく「探偵レミントン・スティール」のレミントン・スティール役や「007」の三代目ジェームス・ボンド役の俳優として海外ドラマファンには有名なピアーズ・ブロスナンの吹き替え役が、神谷明から関俊彦に変わったことを指しているのではないか、と推測されています。

※追加情報 (00/ 9/ 8)
 掲示板で、すいたさんから、「ここ最近のブロスナンの吹き替えということから考えて、『The World Is Not Enough』のDVDの吹き替えか、2〜3週前の『ゴールデン洋画劇場』の『ゴールデン・アイ』の吹き替えのいずれかではないか」という指摘の書き込みを頂きました。
 情報ありがとうございます>すいたさん

 ピアーズ・ブロスナン=神谷明を初めとして、ショーン・コネリー=若山弦造、刑事コジャック=森山周一郎、マイケル・ホイ=広川太一郎など、洋画ファンの方は俳優と吹き替え声優をワンセットで愛着を持っている人が多いみたいですね。Web には海外ドラマの吹き替え声優データを集めているサイトも結構あり(参考:海外ドラマ総合データベース)、こういうの好きな人も多いんだなぁ、とか改めて思いました。
 同じ「声優」でも、アニメ声優とは全然違う世界が広がっているのを実感できます。

 しかし、海外ドラマファンにとってピアーズ・ブロスナンの声が変わった衝撃ってのは、おそらく『GS美神』のおキヌの声が國府田マリ子ではなくて西原久美子になる可能性があった、という逸話を聞いた時の衝撃に匹敵すると思いますがどうか?(←どんな比喩だ)


不定期ヒナタ考察企画
ラブヒナタ(←タイトル)

第4回 タイムギャル2000


 「ラブにひなりやがって…!
  ラブにひなりやがって…!」
(マガジンの「ラブひな」をコンビニで立ち読みしながら呟くように)

 つうか、もはや連載開始当初に設定していた気になる伏線をすべて消化し、後は主人公とヒロインが文字通りラブにひなるしかやることがなくなりつつある「ラブひな」のことはさておき(←なら書くなよ)、今回のテーマはヒナタです。


 ヒナタと言えば、初登場時には懐からいきなり手裏剣を取り出して忍者っぽい振る舞いをしてみたけど結局忍者っぽい振る舞いをしてみただけだったり、橋のたもとで日吉の寝顔を見ながら一晩中妄想を働かせてニヤニヤしていたり、「自分は武田忍軍の情報部出身」と言っておきながら木曽の蜂須賀一家のことを何も知らなかったり、信長と日吉との掛け算妄想を働かせてニヤニヤしていたり、飯場で同僚のおばさんとエロトークを繰り広げて耳年増になったり、安祥城の戦いの前の晩に布団の中で日吉の事を考えつつ妄想を働かせてニヤニヤしていたりと(注:一部事実を誇張している箇所があります)、本来ならば本編のヒロインだったはずなのに随分とアレでナニな扱いを受けてきたような気がしないでもないのですが、しかしそんな彼女も『戦争の猿たち』編で、ついに不思議少女系キャラとして一気に大ブレイク!
 「惚けた顔して突拍子もないことを突然言い出し、周囲の人を困らせる」という不思議少女っぷりを突然発揮し始めたヒナタを目の当たりにした日吉は、なんかいい感じに大混乱している様子ですよ!(←ダメやん)

 というか、この前から始まった『継ぐのは誰だ』編になってからは、いきなりSFっぽい設定とか能力の描写が頻発しており、なんかヒナタの能力に振り回される日吉以上に、マンガ読んでる私の方が振り回されそうになりつつあります。
 これまでの「ラブヒナタ(←タイトル)」は、どっちかと言えばヒナタというキャラをネタにしつつからかって遊んでみることを主眼に置いてまいりましたが(こんなサイト主催者で大変に申し訳ない)、今回はヒナタがここ2ヶ月の間にこれまでとは大きく違ったキャラに成長しつつあることを鑑みて、これまでマンガの中に登場してきたヒナタのソレっぽい特殊能力を整理し、真摯な態度で理解を深めることを目的にしてみることにしました。


* 多元宇宙

 ヒナタの不思議少女系問題発言の多くは、サンデー37+38号と39号で行われています。
 この中では数多くの「伏線」を示唆するような台詞が出てきましたが、その中でもこのマンガの世界設定の基幹そのものを垣間見させてくれたのが、

私にも時間の流れが少しだけど見えてきたわ。
でもこれ、多分ヒカゲちゃんの見えてるものとはちょっとちがう。
だって…
私の世界では信長さまと天回宗は――
戦って…

 という、大層イカした台詞です。

 この台詞からは、我々読者が知っている歴史を持つ「世界」以外にも、天回宗という名の変な宗教団体が信長相手にドンパチやってた不思議世界が「現実」として存在していることを示唆しています。この手の「この世界以外にも、異なる世界が並列して存在する」系の世界設定は、俗に「パラレルワールド」とか「多元宇宙」とか言われていますけど、このマンガもこのモデルが世界構造の大枠として採用されていることが、この台詞で明確になりつつあると言えます。
 もしかしたら、ヒナタは(我々の世界ではなく)その不思議世界からやって来た人間である、という可能性も否定はできないような気がします。もしそうだとしたら、きっとヒナタが元いた不思議世界では、ここ日本はニッポンではなく「ジパング」とかいう珍妙な名前で呼ばれているに違いありません(決めつけ)。

 また、そのヒナタと同じ体を共有しているヒカゲは、「将来『秀吉』になる人間が、こんな戦で死ぬはずないじゃん」という趣旨の身も蓋もない台詞を以前していることからも判るように、ヒナタとは違ってあくまで我々と同じ歴史を持った世界(=つまりはこの世界)に属している人間であることは間違いないでしょう。
 彼女の言う「私の世界とのズレ」は、そのまま我々読者が知っている歴史とのズレに相当しますが、これは即ち、もしマンガが歴史と違ったオリジナルな展開を見せていたら、そのまま「歴史とのズレが生じている=何らかの『能力者』が歴史に介入している」事を意味します。例えば、サンデー40号でおっぱいを見せた直後に忍者に襲われるという大活躍を見せた期待のおっぱい要員・松下加江の存在などは、正にこの「歴史とのズレ」に当たります。

 これは、読者にとっては「今、マンガの中で何が起こっているのか?」ってことを把握しやすい点でかなり有益であり、また作者にとっても歴史モノというジャンルの中に留まる範囲内で作品の自由度を高める事が可能になることを考えると、作品世界モデルとしてはかなり優れた構造をしていると評価して良いでしょう。
 サンデーはマガジンと違って乳首をちゃんと描いてくれるマンガが多いので大好きです(真摯な表情で)。


* 予知能力

 「戦争の猿たち」編では、日吉が数に勝る今川兵を相手に対戦相手の動きを予測して大立ち回りを演じるという、なんか日吉が「ジョジョの奇妙な冒険」で言うところのスタンド(スタンド名:キング・クリムゾン)に目覚めたような活躍を見せましたが、これはどうやらヒナタが日吉の身を守るために自らの「未来を視る」能力を発動して日吉の意識に介入した、というのが真相の様です。
 従って、日吉にとって、ヒナタとはスタンド(スタンド名:ヒナタ)である、と定義することができますね(←できません)。

 それはともかく、未来予知能力ってはいわゆる「超能力」の中でも比較的ポピュラーなものであり、ギリシャ神話に出てくるカサンドラ、「To Heart」の姫川琴音、果てはマギー史郎のトランプマジック芸(台詞:「コレ、茨城のおばちゃんにはウケたんだけどね〜」)に至るまで、様々な予知能力者が多様なメディアに登場して来ました。また、その予知能力の「正体」のパターンも、「未来から来たので過去のことを全部知っているタイプ」から「自分の思った通りに未来を変えてしまうタイプ」まで実に多種多様なものが存在します。
 が、予知能力者が出てくるタイプのSFにおいては、「何故、そのキャラは予知能力を持っているのか?」という理由を、如何にも科学的っぽい理由で説明できなければならないという制約があります(じゃないとサイエンスじゃなくてファンタジーになってしまうから)。
 まぁ、「MISTER ジパング」は最初から「戦国ファンタジー」と銘打っていますので、別に何故ヒナタが予知能力を持っているのかを科学的に考える必要は全然ないんですけど、しかしエピソードのサブタイトルに「ホーキング宇宙を語る」(スティーブン・W・ホーキング/早川書房)とか、「継ぐのは誰か?」(小松左京/角川春樹事務所)などのサイエンス系の本のタイトルパロディを積極的に使っている辺りからして、このマンガも根底に流れるエッセンスはSFを強く意識したものであると考えるべきでしょう(と、強引に話をSF方向に持っていく)。

 で、この作品に登場する予知能力の「理由」として一番可能性がありそうなのは、この作品が前述の「多元宇宙」を採用しているかもしれないことを考えると、(パラレルワールドの設定としては最もオーソドックスなパターンである)ハイゼンベルグの「不確定性原理」の概念から導出されるタイプのものを想定してみるのが一番妥当かな、と思います。
 不確定性原理は、非常に大ざっぱに言えば『素粒子レベルでの運動は「確率」でしか示せない不確定なものであり、それ故に固有の「未来」を予測することはできない』というもの(らしい)のですが、それをSF的に発想を拡張させてみると、「『未来』は素粒子レベルで確率的に起こり得る数だけ分岐して存在しているんだから、そういう別の『未来』を辿った世界がこの宇宙と平行して存在していてもいいじゃないか」という考えが導き出されます。
 こういうノリで作られたのが、いわゆるパラレルワールドSFと言われるジャンルに属する作品です。

 このモデルが優れているのは、「量子力学的に言えば、歴史がそうなる可能性があった」というSFっぽい説明さえあれば、基本的にはどんな世界が平行に存在していてもオッケーになる点です。なので、「ヒトラーが勝った世界」というスケールの大きいモノから、「主人公が女にモテモテな世界」というセコいけどモノまで、多種多様な世界を持ったSF作品が作られて来ました。
 パラレルワールドSFとしては、「発狂した宇宙」(フレドリック・ブラウン/ハヤカワ文庫)や、「創世紀機械」(J・P・ホーガン/創元推理文庫)辺りが有名ですね(←古い)。

 このモデルに従った場合、ヒナタ(および、ヒカゲや天回宗といった「能力者」)の未来予知能力とは、本来ならば不確定であるはずの未来の「確定した状態」を視る能力である、と定義できます。能力者に見える未来はあくまで無数の可能性のうちの一つに過ぎませんから、前とは別の選択肢を取ることによって「未来」を変更することが可能になります。
 ただ、能力者は未来を見ることはできても全ての事象をコントロールできる訳ではありませんし、更にこのマンガにおいては、あまりにも未来が変わり過ぎると予知能力が働かなくなってしまうという制約も存在している様子なので、決して能力者も万能という訳ではないようです。
 現に、「継ぐのは誰か」編(その1)では、ヒナタの「でもこれ、多分ヒカゲちゃんの見えてるものとはちょっとちがう」という台詞の形で、このマンガの世界はヒカゲの世界(=我々が知っている歴史の世界)から「分岐」して枝分かれしつつある→ヒカゲの未来予知能力が使えなくなっていることが提示されています。
 今の「MISTER ジパング」の世界は、もう我々が知っている歴史の世界ではないのです。


 ――以上、もしこのマンガが世界モデルとして「不確定性原理から導出された多元宇宙」を採用していたという仮定で適当に話を進めて来ましたが、もしこの前提が正しいのであれば、今回のヒナタや天回宗達の「能力」に関して、椎名氏がその手のSF作品からアイデアを得ている可能性はかなり高いです。興味のある方は、この手の「多元宇宙」モノSFを読んでみるのもいいかも。
 「太閤記」もいいけど、ホーガンもいいぞ!(真摯な表情で)


* 好きとか嫌いとか

 という感じで、私のように昔SF読んで育った世代の人間にとっては、ここ最近のソレっぽい台詞がバンバン出てくる展開はンもう最高!(藤崎詩織@ときメモぱずるだまヴォイスで) って感じで萌え萌えなのですが、しかし現在の展開に対しては多少の懸念がない訳でもありません。
 例えば、この前のサンデー39号において、ヒカゲは

 ただ、この状態――悪くないわね。
 明日が判らないってこと。
 この世界が何なのか、この先、どうなっていくのか――
 私たちやあなたが何者なのか……
 もう見えないの。

 と、もはや彼女の能力でも“不確定性の霧の中”に沈んでしまう程、このマンガの世界が現在の歴史の世界から離れつつあることを提示していますが、これって逆に言えば、「今までこのマンガの中で積み上げてきた歴史的な設定が、全部台無しになっちゃった」とも取れてしまう危険性を孕んでいます。
 我々はこれまで、「ジパング」に出てきた日吉は我々の世界の豊臣秀吉と同一人物であり、信長も我々の世界の織田信長と同一人物であったと認識していたからこそ、このマンガを基本的には「歴史マンガ」と捉え、実際の歴史や他の歴史を扱った作品群と比較しつつ、色々と今後の展開を想像する楽しみを得てきた訳なのですが、それがサンデーのハシラで「未来はどこに……日吉は豊臣秀吉ではないのか?」とかいきなり怖い言葉でアオられちゃったら、こっちとしてはちょっと困ってしまいますよネ☆彡(ファンシー)。
 実際、チャットでも「じゃあ、これまでの盛り上がりは何だったの? タダの遊び? アタシの気持ちを弄ぶつもりだったのネ!」という意見(注;表現を大幅に湾曲してます)も流れていました。

 また、個人的に気になっているのが、以前ヒカゲがボソッと意味ありげに言っていた「いずれヒナタは消える」という事実そのものまでが、不確定性の霧の中でキャンセルされてしまったのか否か? という点です。ヒナタというキャラを語る上では、このヒカゲの言葉は決して無視できない要素だと思っているので、ちょっと気掛かりな感じ。
 やっは椎名ギャルは、一度は死んどかないとな!(←問題発言)


 そして、どうせ人間一度は死ぬものだ! 命短し恋せよ乙女! つう訳で、ここに来て急浮上して来たのが、日吉を想うヒナタの恋する気持ちです。
 日吉に対してヒナタが好意を持っている様は、「蜂須賀村の決闘」(その1)の序盤で、日吉の寝顔を見ながら妄想を働かせてニヤニヤしているヒナタの姿から容易に推測できます。ただ、その後は日吉と信長の仲が(やおい的な意味抜きで)急接近し、日吉が信長に付きっ切りになってしまう事が多くなったことが影響してか、その後はこの二人の間にはそれ以上の進展は見られませんでした。
 ヒナタが信長と日吉との掛け算妄想を働かせてニヤニヤしたりするシーンがあったのも、彼氏に会えない彼女の心情を考えれば致し方ないといったところでしょう(よくないと思います)。

 とは言うものの、前回の話ではヒナタが日吉(と、日吉の持っていた永楽銭)を見て、直感的に「すごく大事な永楽銭の使い方(=永楽銭で日吉が銃撃を受ける場所に弾避けを作る)」を思い付いたり、例のヒナタスタンドも日吉の生命の危機が発動のトリガーになっていたりする辺りを見ると、ヒナタの日吉に対する感情はかなりラブ方面に高まっていると思われます。
 また、これらのシーンからは、「ヒナタの能力は、日吉を助けるため(にだけ)発動する」ことも見て取れます。天回宗が(その意図は分からないにしろ)この世界の歴史の信長の力を殺ぐことを目的にして能力を使っていたり、逆にヒカゲがその場その場で適切な助言を行うために能力を使っているのに比べると、ヒナタの能力は何というか、良く言って「恋人思い」、悪く言えば「独善的」であると言えましょう。

 何にしろ、日吉は「自分が戦場で生き残ったのはヒナタのおかげ」ということを自覚している模様なので、今後日吉がヒナタに対して抱く感情も、より深い方向――ヒナタが自分を守ってくれた事に対する思いとか、ヒナタに守られているだけじゃダメだと憤ったりとか――に変わってくるかも知れません。というか、貴様も男ならそろそろ変われ(命令)。


 そしてサンデー39号では、ヒナタが

今はわかんない。あんたを助けて、また流れが変わったから。
でも――
どんなことも信じてれば、絶対 本当 になるから。

 と、日吉に対して言っているのが印象的です。この言葉は、今現在のヒナタ自身の「予知能力」に対する考え方、および日吉に対する期待を象徴しているものだと、私は思います。
 これって、つまりは「予知能力で見える未来は、意志の力でどうとでも変えられる」ということの現れなんですよね。

 「どんなことも信じてれば、絶対本当になる」ってのは、早い話が「信じる心があれば力になる」であり、「止まらない未来を目指して ゆずれない願いを抱きしめて」であり、「信じる それだけで越えられないものはない」であり、「Nice to Meet You Good to See You きっと」であり、即ち「何とかなるよ! 絶対大丈夫だよ!」である訳です。
 ヒナタの未来観は、まるでCLAMP原作マンガのアニメの歌に出てきそうな、無根拠な明日への自信にあふれた、やたらめったらポジティブシンキングなものであると言えましょう。この辺、下手に未来が見えるばっかりに辛気くさい性格になってしまった感があるヒカゲとは好対称です。

 予知能力者が出てくるマンガには、「予知能力を超えた活躍をし、未だ見えない未来へ活路を切り開いて行く」キャラの存在が必要にして不可欠なのですけど、果たして日吉はヒナタにとっての「予知能力を超えた活躍をする人物」になり得るのでしょうか?


更新情報:

* おかげさまでご好評を頂いている「ザ・グレート・展開予想ショー」ですが、予告した通り過去ログの整理と「更新日順」「コメント数順」(正確には、賛成・反対数順)ソート機能を付けました。
 ただ、まだ全体的にイマイチ洗練されていない部分とか、設計段階では予想していなかった使われ方(連作アップとか)に対するサポートが欠けている部分があるのは承知しております。ボードに対する意見などありましたら、Cna-BBS などで教えていただけるとありがたいです。

*MISTER ジパングリンク集」に、松下加兵衛(本来なら松下加江のポジションにいるはずの、歴史上の人)に関する情報を載せているリンクを追加しました。
また、「MISTERジパング年表」もちょっとだけ更新しました。

*煩悩の部屋」宛に、J・D・A さんから作品が2点寄せられました。
 内容的に、「煩悩の部屋」よりもここでサラッと紹介した方が良いノリのものかと思いましたので、申し訳ないですがここで紹介させて頂きます。

*自己紹介:
好きな食べ物・カレー、焼き肉。好きなミュージシャン・Hi-STANDARD、GLAY。好きな映画・アルマゲドン。好きな煙草・SEVEN STAR。好きな「GS美神」の登場人物・おキヌちゃん、小竜姫さま。ま、こんなところです。それと、最近、shelaの「Love Again〜永遠の場所〜」と言う曲が妙にルシオラとかぶってしまうのは俺だけか?

*BELOVED
作品紹介:
初投稿ですが、すいません、アホな作品になってしまいました。すいません。とりあえず、「彼女」の命日は夏にしておきました。これは、タイトル通りGLAYの「BELOVED」を聞いてたら思い浮かびました。とにかく読んでもらえたら幸いかと。

*史上最大のカラオケ大会!!
作品紹介:
えーと、今回のテーマはカラオケにしました。ただ、あんまし昔の曲は知らんので、唐巣神父にも最近の曲を歌ってもらいました。(これでも高校生なもんで・・・)まあ、前回より「GS美神」本来の姿になっていると思います。とりあえず、御一読を。

 どちらも、基本コンセプトは「GS美神のキャラが歌を歌う」というものですが、作品の面白さを(文章そのものではなく)引用している曲のイメージに依存しているのが残念な点です。本編の「南海の歌合戦!」のように、歌を歌うことが事件の解決につながるような仕掛けが欲しかったところですね。
 つうか、青春時代の思い出の曲は筋肉少女帯スネークマンショーであり、最近の趣味がネットラジオで海外のビッグバンドジャズを聞くことである私にとって、今の国内音楽シーンはあまりに縁遠い存在です。生まれてすみません。


お知らせ:
 サイト設立5周年おめでとう〜>オレとか


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