サッカー日本代表監督電撃解任が「BE BLUES!」に与える影響を考える サンデー22+23号「BE BLUES!」感想

BE BLUES!

 最近のサッカーといえば(いきなり)、サッカー日本代表監督だったハリルホジッチ氏が突如として日本サッカー協会から解任されたという大きなニュースがありました。
 監督交代の是非や理由はともかくとして、ワールドカップ開催まであと2ヶ月というこのタイミングでの代表監督の解任は一般的には異常事態と言う他なく、チームへの影響は勿論のこと、サッカー日本代表チームに対するファンの信頼感や、チームの人気そのものへの悪影響も懸念されています。

 そして、もし今回の件がきっかけでサッカー日本代表チームの人気が低下するようなことがあったりすると、みんな大好き「BE BLUES!」にも影響を及ぼしてしまうのではないか? と個人的に危惧しています。

 そもそも「BE BLUES!」というマンガは、主人公である一条龍が「幼少の頃から本気で日本代表になることを夢みているサッカー少年」という設定であり、「日本人に生まれたら、サッカーをやっているなら…日本代表のユニフォームを手に入れたい!誰だってそうだろ!」という彼の気持ちが、彼と同じサッカー少年達のコモンセンスとして通用するからこそ成り立っている作品です。
 彼はこの夢を実現するために幼少期から綿密なライフプランを立てており、事故にあって再起不能レベルの大怪我をした時も、この夢があったからこそ諦めずにリハビリに励むことができたのです。
 つまり「サッカー日本代表」という存在に魅力がなければ、「サッカー日本代表になる」龍の夢に読者が共感することも、彼の夢が読者の中でリアリティを持つこともなくなってしまう訳であり、それだけに現実のサッカー日本代表には常に魅力的でいてもらわなければ困るのです。

 「BE BLUES!」はまだ高校生編の途中ではありますが、主人公の龍がユースチームの日本代表選抜合宿に招聘されるエピソードも登場し、将来龍と共に日本代表として戦うことになるであろうキャラクター達が作品内に顔を出し始めているところを考えると、徐々に龍の夢である「サッカー日本代表入り」も作品構想の視野に入りつつあることを感じさせます。
 「BE BLUES!」のためにも、現実のサッカー日本代表には、サッカー少年達にとってキラキラした憧れであり、そして具体的な将来の目標でもあるという素敵な存在で居続けてもらいたいものです。そのために頑張ってほしいなと思います。

 そして本題であるサンデー22+23号の「BE BLUES!」の感想ですが、今回のテーマの一つである「オフ・ザ・ボール」の動きでレノンと龍が相手ディフェンダーのマークを逃れて空いたスペースに入り込んで縦に早いパスを繋いでサイドから突破、ゴール前で待ち構える桜庭にまでボールを繋いだ! という、マンマークディフェンスの崩し方のお手本のような展開だったと言えます。
 前の桜庭へ「楔のパス」を出すことに成功した時の回もそうだったんですが、このマンガってサッカーの現実的な戦術をきっちりと描いているんだよなと改めて思いました。

 普通のサッカーマンガだったら、ここまでお膳立てされたら主役であるエースストライカーがきっちりとゴールを決めて読者のハートを鷲掴み! きゃーステキー! となること請け合いなんですけど、でも今回の試合のエースストライカー役はあの桜庭さんなので、まだまだ油断はできません。
 龍からの愛がこもったボールを、桜庭は受け取ることができるのか否か。続きはゴールデンウィークの後で! 5月病に負けずに5/9まで生き延びようぜみんな! がんばれサッカー日本代表!(フォロー)

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現代ファンタジー作品論マンガ爆誕記念 サンデー13〜20号「絶チル」感想

絶対可憐チルドレン

 原画展開催決定おめでとうございます!(ファンサイト要素)

 サンデー13号辺りから始まった、ティムが作ったなろう系異世界転生ファンタジーっぽい物語の世界に薫が放り込まれる「やかましき玩具」編が決着しました。

 このエピソードの見所は、ティムの能力が大幅にアップグレードし、自分が作った世界を統べるゲームマスターとしての能力を手に入れたことでしょう。
 元々は玩具をキーワードして周囲の人間を催眠で操る能力者だったティムが、(黒い幽霊による洗脳によって)「人間を玩具にして支配する」という方向に自分の能力を伸ばすことに気付いた結果、バーチャルリアリティ的な世界を創造し、催眠によってその世界の中に人間の意識を放り込むことができるようになったという、ティムの能力のグレードアップのアイデアそのものがこのエピソードの根幹を成しているのは間違いありません。

 その能力でティムはゲーム的なファンタジー世界を創造し、そこに異世界転生ファンタジーの導入のお約束的な手法を使って薫を放り込み、(ティムが創造した)「皆本」と冒険の旅をさせ、最終的にはかつての滅びの予言と同じく「皆本の銃によって撃たれて薫が死ぬ」バッドエンドを再現することで薫を精神的に殺す筋書きを作りました。つまりティムは、自らが作ったゲーム世界のストーリーをプレイヤーである薫に体験させるという、テーブルトークRPGのゲームマスター的なことをやろうとしていたのです。
 「玩具」を操るティムの能力をそういった方向に拡張させるという発想は自分には全くなかったので、この点においてだけでも今回のエピソードは発想が素晴らしいなと素直に感心致しました。

 ティムがゲームマスターを努めた今回のシナリオは、彼が構想していたバッドエンド直前までは上手く行っていたように思われますが、しかし最後の最後でティムは「皆本の銃によって撃たれて薫が死ぬ」シナリオを実行することに失敗し、彼は敗北を喫してしまいます。
 その理由は、「ティムの作った『皆本』というキャラクターにそぐわない行動をティム自身が行ってしまった結果、作品としてのリアリティを保てなくなって催眠能力が低下し、これまで催眠で抑え込んでいた悠理が催眠を破ってティムの世界を破壊したため」というもの。

 ティムの作った異世界ファンタジー世界は、きわめて陳腐というか考証が欠けているというかツッコミどころに事欠かないアレな感じな世界で、隣の松風君から「ファンタジー世界の住人がメガネをかけているのはおかしい」「地名に英語が混ざっているのはおかしい」「ファンタジー世界の宿屋にシャワーがあるのはおかしい」等の無粋なツッコミを受けてきたのですが、それに対してティムは「この世界では僕が神だ!考証の矛盾など僕はまったく気にしない!考証厨は滅びろ!」と(怒りを込めながらも)言い切って来ました。
 その言い切りと妄想世界への思い込みの強さが、そのまま彼の作った世界の強さに繋がっていたのです。

 しかし、ティムの作った「皆本」が薫を銃で撃つ段階になった時点で、ティムは自分が想像した「皆本」というキャラクターが、(たとえ撃たなければ世界が滅びてしまうような状況でも)薫を簡単に撃てるような人物ではないことに、自分で気がついてしまいました。
 彼の作った「皆本」は勿論現実の皆本のコピーなんですけど、それだからこそ皆本はそういうことが平気でできる人物ではないことを、シナリオの最終局面で理解してしまったのです。

 結局ティムはキャラクターではなくシナリオの都合を優先して、適当な理由付けで「皆本」が薫を銃で撃つ展開を選びました。自分が作ったキャラクターの内面を無視する行動を取ってしまったことで彼の世界のリアリティは崩壊、そこを突いた悠理に世界を一撃で破壊されてしまいます。
 この時の悠理の台詞である「この世界を壊したのは、あなた自身よ、ティム。あなたは自分の心に、自分が信じている幻想に、もっと誠実に敬意を払うべきだった」が、本編におけるメインテーマであると、個人的に思います。

 ただ、最後の最後でティムはゲームマスターとして失敗してシナリオを崩壊させてしまったものの、プレイヤーである薫は彼が作った「皆本」にリアリティを感じ、「とっても楽しかった! あんたの作る世界、あたしもっと見たい!」と賞賛の言葉を送りました。プレイヤーからこんなことを言われたら、ゲームマスター冥利に尽きるというものですよね。良かったねえティム。

 たとえ自分の妄想した世界がツッコミどころだらけのファンタジー世界であろうとも、その世界を作った自分自身こそが、その世界を矛盾を含めて愛し続けることが何よりも大切であることを訴えた今回のエピソード。これはある意味、なろう系異世界転生ファンタジーに対する作品論として読み解くことが可能なのではないのでしょうか。いやそれがテーマに違いないです(きめつけ)。

 椎名高志先生のマンガでここまで判りやすい現代作品論をテーマとしたエピソードを読めるのは、「GS美神 極楽大作戦! !」旧コミックス28巻の『紙の砦!!』以来なのかも知れません。
 『紙の砦!!』の時は出たのが1997年なので少女向けライトノベルが題材だったのが、今回はなろう系ファンタジーが題材になっているところが今っぽいなあと思いました。

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コミックス28巻には、一瞬だけ新レギュラーキャラになりそうだった鈴女も登場。アシュタロス編が始まらなかった別の歴史では彼女にも出番はあったのかも

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連載完結記念 サンデー19~20号「だがしかし」感想

だがしかし

 最終回。アニメ第二期が終了するのとほぼ同じタイミングで終了したということは、予めここで終了することが決まっていたという感じでしょうか。
 連載作品として大成功した上に連載が無事円満に終了したことはとても嬉しいんですが、本当に終わってしまうのを見るのは寂しくもあります。文字通り、ここ何年か低迷していたサンデーの舞台骨を支えてきたマンガの一つでしたからね。ホント寂しくなりますね…。

 話としては今回で最終回でしたが、物語としてのクライマックスに相当したのは、そのもう一話前のサンデー19号でしょう。前の夏祭りの時のように急にいなくなろうとするほたるに対して、ココノツが「自分は漫画家を目指す」とほたるに告げ、「自分達にとってほたるが如何に大切な存在となったのか」を切々と訴え、そしてその上で夏からずっと「ほたるに会える口実」という形で引きずっていたホームランバーの当たりくじをちゃんと交換することで、これまでのほたるとの関係に決着を着けた回です。

 ココノツがほたるのホームランバーの当たりくじを引き換えるという行為は、つまりもうココノツはほたると会えなくなっても大丈夫だということをほたるに告げることを意味しており、即ち「駄菓子屋を継がずに漫画家を志す」という彼の決意をほたるに伝えたことを意味しています。
 ホームランバーを交換しながらほたるに対して「僕もマンガ頑張るんで、ほたるさんも会社がんばって下さい」と笑顔で言ったココノツからは、自分はほたると一緒に駄菓子の世界に行くことができないけど、自分もほたるのように自分が決めた志への道を歩くという覚悟を感じました。

 それを受けたほたるが、最後に「ココノツくん、私と結婚する?」って言ったのは、ほたるがココノツのことを「自分で自分の行く道を決めることができる大人になった」と認めた証だったんじゃないかな、とも思いました。彼女の言うことなのでどこまで本気なのかは判りませんが、多分これは本気なんじゃないんでしょうか。

 つまり「だがしかし」とは、駄菓子屋の倅という立場にありながら漫画家になりたいとボンヤリ思っていたココノツが、ほたるという不思議な少女との出会いを経て成長、自分の意志で自分の未来を作るために歩き出し、その結果少女と結ばれるまでを描いた、一大ジュヴナイル駄菓子フィクションだったのですよ! 「だがしかし」すごいな!(多分)

 そして、この話がサンデーに掲載される前の週に、アニメ第二期の最終回が放送されました。アニメ第二期の最終回は、ココノツがマンガを持ち込んでキツいダメ出しをされて落ち込んでいる時に、ほたると雪の降る駅で再開する──というエピソードで、この話ではココノツの漫画家になりたいというボンヤリとした夢に対して厳しい現実を突きつけられて落ち込むココノツに対し、ほたるがいつもの調子で駄菓子トークを繰り広げながらも、ココノツが心の中ではまだ漫画家への夢を諦めきれていないことを察し、彼に対して自分の道を自分で見つけ出すことを優しく諭すという趣向でした。

 そんなアニメの最終回を見た後で、サンデー19号でほたるに対して自分が漫画家を志すことをはっきりと明言したココノツの姿を読んだ訳ですから、そりゃもう「あの時はあんなに悩んでいたココノツ君も、今ではすっかり立派になって…」と思わずにはいられませんでした。アニメ→マンガと続けて見ることに意味がある構成になっていたのは、素直に感心させられましたね。作者が狙ってやったのかどうかはともかくとして。

 何にしろ、「だがしかし」は駄菓子を題材にした優れたコメディーであったと同時に、ほたるという魅力的かつ蠱惑的なキャラクターを軸にしたステキな少年マンガであったことは間違いないでしょう。ほたるがきっかけでゴスロリ服や黒ストッキングの魅力に目覚めてしまったお子様や大きいお子様も多いのではないのでしょうか。はい(自答)。

 コトヤマ先生の次回作にも期待しております。

だがしかし 11 フィギュア付き特別版
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最終巻はフィギュア付きと来たか

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