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01/ 2/27  (更新情報へ)

 ラブのな!(挨拶)

 というか、やっぱり面白いですよ「魁! クロマティ高校」。作者の野中英次氏のギャグセンスの高さはかねがね噂には聞いていましたが、この何とも言えないダウナー系な雰囲気を醸し出せるセンスは、まさにホンモノの実力!
 ここ最近の少年誌でのギャグマンガは、「神聖モテモテ王国」や「がんばれ酢めし疑獄!」のように絵柄よりはネームや台詞の勢いとセンスで笑わせる系統のものが流行っていた感があるのですが、「クロマティ高校」の作者である野中英次氏は、まず池上遼一系の迫力ある濃ゆい絵柄を基礎とし、その上であえて脱力系ギャグを展開することによって笑いを取るという、己の画風を武器にしたマンガが描ける点が素晴らしいと思います。

 クロマティ高校が連載される前は、私にとってのマガジンとは『ラブひなの載っていないマガジンなんて!』という言葉が全てだったのですが、今ではすっかり『クロ高の載っていないマガジンなんて!』に認識が改まりましたよ(←それもどうかと)。


 という訳で、ここは椎名高志ファンホームページ C-WWW なのです。

 そして話は今盛り上がっているサンデー連載中の「MISTER ジパング」に移るのですが、籐吉郎と顔は一緒だけど価値観やライフスタイルが真っ向から食い違う、真の意味でのライバルキャラ・『本当の秀吉』の異名を持つ日野秀吉(仮名)が登場したことにより、主人公である籐吉郎のキャラクター性が更に確立されて来た感があります。

 今回のエピソードでの秀吉の言動を要約するに、彼のライフスタイルは「サル達が支配する世の中で上手く生き残って出世する」という事になると思うのですが、籐吉郎はおそらく反対に「自分の力で、今の『力が全て』な世の中を変えたい」という志向を持ち始めているのではないか、と思われます。
 この考え方は勿論当時の戦国時代にとってはゲロ甘な思想であり、それ故に秀吉は最後で「お前は適当に甘っちょろいこと言って適当にくたばれ!」と籐吉郎を罵倒したのですが、今回籐吉郎が取った「人の情に訴える=人を信頼する」って考え方は、このマンガの大きなテーマの一つである(と思われる)「こんな戦乱の時代だからこそ、サルではなく人として生きるべきだ」に合致するものがあるのも確かです。
 そして、籐吉郎がこのテーマ性を持っていることを明確にするために最適なキャラが、彼と真っ向から相反する秀吉という存在です。

 これまでの籐吉郎(日吉)は、なんだかんだ言っても結局は基本的に信長にその存在を依存したキャラに過ぎず、マンガの中でも『信長の荒んだ心を癒す、殿専用癒し系グッズ(IRC で決定した愛称:籐キティ郎)』として扱われているようなところも多々あったりしたんですけど、今回こうして籐吉郎と秀吉がやりあった結果、籐吉郎にも殿に依存しない自分自身の「戦い方」があることが明らかになりました。この点を明確にしたのも、ある意味秀吉という存在が生み出した功績と言えます。
 「主人公のライバル」という存在は少年マンガではお約束の存在なのですが、こうやって見ると実際のマンガの中でも如何に重要なのかってのがよく判りますね。

 まぁ、でも読者の中には今回の籐吉郎の行動を『甘過ぎる!』と感じた方もかなりいたんじゃないかと思いますし、実際今回の言い争いに関しては秀吉の方が遙かにマトモな事言ってると思います。このままでは、籐吉郎は秀吉の言う通り、適当にくたばってしまうのがオチでしょう。
 今回の事件を踏まえて、籐吉郎はどうやって自分の考えを実践して行くつもりなのか? この作品がそれをどんな風に描写するのか? この点に関しては、これからも注目して行きたいと思いました。


 と、如何にも良心的なファンサイトっぽいクリーンな話のまとめ方をして最低限のサイトの義務は果たしたので、後は好き勝手なマンガのネタを書き散らかしますよ! イェアー!(台無し)

 「MISTER ジパング」のコミックス3巻が発売された 2/17 の週は、実際には最初に紹介した「魁! クロマティ高校」の他にも、「ラブひな」のトレーディングカードである「トレひな」が出たり、みんな大好きCLAMP先生の新連載作品「ちょびっツ」の1巻が発売されるなど、講談社の出版物がソレ系の店頭を支配していた、いわば講談社ウィークであったのです。実際、この週の売り上げランキングを見ても、講談社の出版物(具体的には、「金田一」「ちょびっツ」「クロ高」の3つ)が上位陣を占めている書店が多かった模様です。

 という訳で、以下は先週出た講談社系マンガとかの好き勝手レビューを(いきなり)。
 このサイトの趣旨とはあんまり関係ないので、せめてもの謙虚な気持ちを表すために小さめの文字にします(意味なし)。

トレひな

 講談社が満を持して2/14 に発売した、言わずと知れた週刊マガジンが誇る最強にして最大最後のキラーコンテンツ「ラブひな」のトレーディングカード。「ラブひな」のトレカは既にブロッコリーが発売しているアニメ版のものがあるが、こっちは中に入っているカードの絵がマンガ版であるというのが最大の特徴。原作ファン向けですね。
 で、一応私もトレカ趣味の端くれ者だし、トレカを自社では初めて出す講談社がやたら気合い入れて作ったという話も聞いていたし、何より近頃はラブひなのコミックスを読みながら風呂に入るのが習慣になっている(←よい子はマネしないように)私としては、実際どんなモノかちょっとだけ買ってみようと思っていたのだが、なんかどのカードショップに行っても速攻で売り切れていて入手できず。ラブひなマニア恐るべし! つうか、気持ちは判るが君たち少しは遠慮して買え!(わがまま)

 仕方がないので22日に発売されていた「ラブひなTCG(トレーディングカードゲーム)」(ブロッコリー)のスターターパックを1個買って帰りました。
 簡単に言えばこのゲームは「キャラをラブひなに差し替えたアクエリアンエイジ」であり、その結果ゲーム内容も必然的に『ウェディングドレスを着た乙姫むつみと、ピクニックに出かけた前原しのぶが、管理人代行(プレイヤー)の命じるままに壮絶な殴り合いを演じる』みたいな状況になる。これはこれである意味夢の対決なのだが、しかしオレが風呂場で読んでる「ラブひな」のコミックスにはそんな展開はどこにも載ってないので(当たり前)、これはゲームシステムの方が間違っているんだと思う。
 既存の作品の名前を冠するゲームを作るからには、やっぱりその作品の世界観をゲームの中で再現・再発見できるようなシステムを採用しないとダメだと思った。まぁ、これはメディアを問わず世に出回るキャラゲーの大半に言えることでもあるのですが。  「名探偵コナン」から「Kanon」に至るまで、明らかに作品世界が対戦型ゲームにマッチしないものまで何でもかんでも MTG の亜流っぽい対戦型トレーディングカードゲーム化してしまう風潮は何とかなりませんかね?(←議題がずれてます)

ちょびっツ(1)

 2/16 発売。泣く子も黙る人気少女マンガ家CLAMPが、青年誌ヤングマガジンで連載している人気作品のコミックス1巻。
 コミックス1巻は、いわゆる普通のコミックスとして売っている「通常版」の他に、何故かマウスパッドが同梱されている「初回限定版」も発売されるということで話題になった(というか、ヤンマガ側が話題を作ったというべきか)。初回限定版もできれば欲しかったのだが、やっぱり速攻で売り切れていて買えず。やむなく通常版を購入。
 なお、職場近くの本屋に行って「ちょびっツ」を探している時、CLAMPファンっぽいお姉さん(見た目は普通でも同類はオーラで判ります)が「ちょびっツ」の品定めをしているのを目撃した時、『彼女が「ちょびっツ」を手に取ろうと腕を伸ばした瞬間にオレも同時に腕を伸ばし、二人の手と手が触れ合ったのをきっかけに「ちょびっツお好きなんですか?」「ええ。アナタも?」って会話が生まれてそこから新しい恋が芽生えたりしたらいいよな!』とロマンチックな妄想をしていた事は内緒にしておきたい(ヘボ)。

 で、連載開始当時こそ「股間の謎の突起物をクリック! クリック!」とかいうあざとさっぷりを発揮していたこのマンガなのだが、コミックス1巻を通して読んだり、ここ最近のヤンマガでの話の流れを考慮してみたりした結果、どうやらこのマンガは「人は機械を人以上に愛することができるのか」「人よりも遙かに簡単に愛を受け入れてくれる機械を人々が選ぶようになった時、何が人に起こるのか」という路線を志向しているものと思われる。
 これに似たモチーフを扱ったSFは、思いつくだけでも「銀色の恋人」(タニス・リー)や「セックス・スフィア」(ルーディ・ラッカー)、果ては「To Heart」のマルチを主人公にしたエロ同人誌と多岐に渡り、ある意味アンドロイドが登場するSFの定番ネタとも言えるが、それだけ作家にとっては料理しがいがあるテーマであるとも言える。果たして、「ちょびっツ」はこの深遠なるテーマにどこまで迫ることができるのか? それとも、例によって迫るフリをするだけで終わってしまうのか?
 それはそうと、童顔巨乳な後輩の女の子はカワイクていいですよね(結局)。

魁! クロマティ高校(1)

 2/16 発売。最初にも書いたが、今のマガジンで一番面白いと断言しても良いマンガがこれ。実際、クロ高のコミックスの売れ行きは書店によっては「ちょびっツ」をも上回っているところもあるらしく、現在ではどの書店も品切れで重版待ち状態になっているという話だ。
 しかし、このマンガの面白さはどっちかと言えば玄人向けであり、野中英次氏の存在を知っているマンガマニアな人はともかく、マンガに対してそれほど思い入れがないタイプに属するような、週刊マガジンを読み捨ててる一般人(←偏見?)までをも巻き込んでここまで売れるようになるとは、誰も予測していなかったんじゃないか? と思われる。オンライン書店サイトとして有名な「まんが王倶楽部」のランキングのコメント欄には、「爆発的に売れるコミックが持つ要素をことごとく廃しているこの漫画が何故…?」と書かれているが、おそらくこのマンガに対する書店の感想はどこもこんな感じなのではないのだろうか。
 今の売れ筋と言われるマンガは、「ちょびっツ」や「ラブひな」を見れば判るように、読者の「キャラ萌え」需要を満たすのがまず大前提と思われていたが、あくまでギャグの本質を貫いてヒットを呼び起こした「クロ高」は、それに対する強烈なアンチテーゼを提示したのだ! と言っては言い過ぎか?(言い過ぎだと思います)

 なお、私が初めて野中英次氏の存在を知ったのは、氏のマンガではなく、コミックパロディサークルの大手「90分15000円」の同人誌に載っていた、「ドリーム職人」のパロディが最初でした。「90分15000円」がパロるようなマンガならそりゃー面白いに違いない! と思っていたらホントに面白かったという。
 野中英次氏の存在を教えてくれるなんて、パロディ同人業界も捨てたモノじゃないですね(今回の結論)。


 こんな感じで先週は講談社のコミックスが売れていたんですけど、そんな中で発売された 2/17 発売のサンデーコミックスの中で意外に(と書くと失礼ですが)人気を伸ばしているのが、現在サンデー超増刊で連載中の「戦え!梁山泊 史上最強の弟子」(松江名俊氏)の2巻です。
 このマンガ、内容はタイトルから連想できるようにいわゆる格闘マンガのジャンルに属するのですが、最大の特徴というか売りになっているのは、本編のヒロインである風林寺美羽リンク先:岸みきお氏のサイトに寄稿された、松江名俊氏のイラスト)の見事なまでの童顔巨乳っぷりにあります。

 元々の彼女のマンガの中の役割が「主人公が『梁山泊』(変な武道の達人が集まっている道場)でキツイ修行を受け続ける中で、唯一の心の支えとなっている存在」なので、その性格設定も『主人公に対してはマジメで礼儀正しく、しかも優しい』という完膚無きまでなヒロインっぷりを発揮、更には道場主の孫娘で幼い頃から修行して来たので格闘技も並みの腕ではなく、普段の衣装も運動しやすい全身スパッツ。それでいて主人公に対してはそれとなく好意を寄せている仕草も見せるという辺り、描き手の側が「よく判っている」上で作られたキャラであると言えましょう。

 まぁ、この作品を純粋に格闘マンガとして見た場合は、修行シーンの説得力がちょっと弱かったり、主人公を狙う敵組織の設定がありがちで魅力に欠けたり(=「籐吉郎に対する秀吉」みたいなライバルキャラがまだ不在)、必要以上にキャラが多くてゴチャついてる印象を受けたりする面もありますが、しかしこのマンガの本質はあくまで風林寺美羽の存在、および彼女と主人公の微妙なラブコメ間合いを観察する楽しさにあるのです。ここさえしっかり描けていれば、他の部分での多少の落ち度はそんなに気になりません(笑)。

 サンデー超増刊は、これまでの看板マンガであった「鬼斬丸」「ウィンドミル」「サッカーキング」が立て続けに終了、週刊の方から「ナズミ@」「大棟梁」が移籍、巻頭には巨乳グラビアアイドルの写真を毎号に渡って掲載するなど、かなり大きな誌面刷新を断行している真っ最中なのですけど、この「史上最強の弟子」はそんな超増刊の中でも将来的な有望株に成長する可能性はあると思います。
 とりあえず、超増刊を見かける機会があったら一度はチェックして欲しい作品です。スパッツ星人おっぱい星人には特にオススメ。


 

更新情報:


01/ 2/20  (更新情報へ)

コミックス3巻における裏設定:
 「戦争の猿たち」(その3)に出て来た屈強な名無しの尾張兵の正体は、実は吉乃の方の死んだダンナだった!


 とかウソ設定をでっち上げながらこんにちは。
 こちらは椎名高志ファンホームページ C-WWW です。

 で、去る 2/17 に「MISTER ジパング」コミックス3巻が発売されましたが、皆様方におかれましては既にご購入は済まされましたでしょうか?
 私の場合は、勤務地の近くにある本屋で、前日に早売りしていたコミックスを、16日発売の「ちょびっツ」と「魁! クロマティ高校」を購入するついでに早速ゲット致しました(←注:このサイトの立場、および私のネット上でのパーソナリティを維持するためには、事実を必要以上に面白く書かないといけないという辛さを判って頂きたい)。

 それでこのコミックス3巻なのですが、このマンガの主人公(多分)である日吉にとって最初のターニングポイントとなった「戦争の猿たち」〜「継ぐのは誰だ」編が掲載されており、このマンガのストーリーの上ではかなり重要な位置を占めています。特に大きな意味を持つのは、勿論「日吉のキャラクター性の確立」に関する部分です。

 コミックス3巻のストーリーの粗筋を非常に大ざっぱに書くと、

 半ば巻き込まれるような形で、なし崩し的に織田家に従事することとなった日吉。
 ワガママな信長に振り回されながらもそれなりに充実した日々を送っていた彼であったが、しかし彼は自分自身の中にある「何故、自分は殿に仕えているのか」「何故、自分は侍になりたいのか」という疑問に対し、明確な「答え」を与えることができてはいなかった。

 そんな折、ついに日吉に戦場への出撃命令が下される!
 初陣の日吉を待っていたのは、理性も何もなく、ただ理不尽なまでの暴力と狂気に支配されたケダモノ=「サル」達が渦巻く、絶望的な世界であったのだ!


 さて、ここで問題!(いきなり)
 日吉が生まれて初めて生死の狭間に叩き込まれた戦いの最果てに見いだしたモノとは、いったい何だったのでしょうか!?

  1. 自分が理想とする生き方を貫き、世界の運命を変える力を持つ君主に、命を賭けて仕える覚悟
  2. 食わせ者だが信頼できる、掛け替えのない戦友(とも)
  3. おっぱい

 という感じになりますが(強引)、つまりこのコミックス3巻のエピソードを消化した時点で、ようやく日吉は「MISTER ジパング」というマンガの中の一人のキャラクターとして、読者が共感することができる明確な行動方針と、彼が目指すべき人生の目標を手にすることができたのだ! と言えるでしょう。
 これをより判りやすい言葉に置き換えれば「キャラが立った」状態になった、という事です。

 このマンガでは、『感情や欲望だけに流されない理性、問題解決を暴力だけに頼らない判断力、今よりも少しはマトモな未来を築こうとする意志』など、いわゆる「人間性」と呼ばれるモノを欠いた者に対して「サル」という表現を用いる場面が多用されて来たのは、皆様も承知されていると思います。「サル」とは、このマンガにおける(反面教師的な意味での)テーマの一つなのです。
 そして、今回のコミックス3巻の中心となるエピソードである「戦争の猿たち」〜「継ぐのは誰だ」編とは、そんなサル達が蠢く戦場に日吉が叩き込まれ、自らもまたその「サル」に過ぎなかったと自覚した上で、自らの運命に立ち向かおうとする強い意志を持った女性・加江との出会いを通じて、人としての未来へ繋がる新しい自我を発見する過程が描かれた物語である、と理解することが可能です。

 「こんな戦乱の時代だからこそ、サルではなく人として生きるべきだ」ってのは、このマンガの第1話でも提示されている少年マンガ的に重要なテーマの一つなのですが、日吉もついにこの段階で立派にキャラが立って「人間」として成長し始めた、という訳なのですね! 人間――すばらしいもの人間! ビバ人間! 人間バンザイ! ユーアーヒューマン!(ざわ…)

 本当なら、「継ぐのは誰だ」編だけではなく、その続きの「傷だらけの天使たち」の全編をブッ通しで読めば、日吉というキャラの方向性の確定、コミックス3巻の冒頭で触れられていた信長の天下取りへの決意の明確化、そして伝説の樹の下で交わされる二人だけの永遠の約束などのグッと来るシーンが一気に読めるので非常に愉快痛快爽快な物語を堪能でき、私ら読者の脳内ではカタルシスウェーブがンもうドバドバ生成されて涙が止まらなくなること間違いなしなのですが、その辺は次の4巻が出た時のお楽しみにしておきましょう。
 というか、早く4巻出そうぜ!(わがまま)

 そして、ちゃんと例の「日吉が斬ったのは左足なのに、次のコマで斬れてるのは右足」問題は修正されていましたね。このサイトでもこの件はさんざんネタにさせて頂いたので、素直に「お疲れさまでした」と申し上げたい心境です。
 今後は、制作者側のうっかりミスであることが明白であるシーンをわざわざあげつらうのは程々に致したい所存です。
 みんなも程々にな!


 

更新情報:


01/ 2/13  (更新情報へ)

今週のお勧めサイト:Missle.index

 携帯用地対空ミサイルから大陸間弾道ミサイルまで、いわゆる「ミサイル」と名の付く兵器のデータベースサイト。長さや有効射程距離といった基本的なスペックから、生産国や配備状況、開発の経緯に至るまでの詳細なデータを、様々な条件で検索できる。
 男なら、一度は空を飛んでいる鳥や飛行機に向かって妄想地対空ミサイルを発射したことがあるはずだ! って訳で、もし頭上に戦術核ミサイルが降って来ても諸手を上げて大喜びするようなホンモノの兵器大好きな軍事マニアは勿論のこと、男の子なら必見。


 というか、バレンタインデーも近いことだし、ちょっと男らしいサイトを紹介して男らしさをアピールしてみたが如何か(大失敗)。
 こちらは、椎名高志ファンホームページ C-WWW ですが。

 それでバレンタインデーと言えば、古くから「バレンタインデーはチョコレート業界の陰謀だ! 貰えなくたって悔しくなんかないモン!」と数多のもてない系男子キャラが涙を流しながら叫んでいることからも判る様に、この時期になると各マンガ雑誌でもいわゆる歳時記ネタの定番である「バレンタインデー」をテーマにしたマンガが載ったりする訳です。

 まぁ、この世知辛い現実社会におけるバレンタインデーは、もはや周囲との良好な人間関係の維持を念頭に置きながら義理と人情を秤に掛けて男性に送るチョコのグレードを吟味する、という極めて政治色が濃いものになっているのは、厳しい世間に身を置く皆様方なら私如きが言うまでもなく重々承知しているものだと思われます。――が、しかしティーンエイジ向けにはかなくも健気で美しい夢と希望を売り続ける宿命を背負った少年マンガの世界では、あくまでバレンタインデーとは「大好きなカレに、私の気持ちをプレゼント!♥」なんていう欺瞞を堂々と描ききり、世の少年少女にバレンタインデーに対する偽りの夢を与え続けけなければならないのです。
 ああ、マンガ家とは、なんと因果な商売なのでしょうか!(←夢も希望もない書き方)

 それはともかく、少年向けに限らず「バレンタインデー」はいわゆる歳時記ネタの定番であり、それ故にこの時期の週刊少年マンガはバレンタインデーネタなマンガで溢れているだろう、とか毎年思っていたのですが、この前友人と飲んだ時に「バレンタインデーのネタができるようなマンガって、最近少なくなってないか?」という話が出てきて、「ああ、そういえば…」とか思い直しました。
 考えてみれば、「バレンタインデーの時期にバレンタインをネタにすることが可能なマンガ」ってのは、

 という条件を全てクリアしていなければなりませんが、この条件を全てクリアできるようなマンガは、(あくまで主観ですけど)確実に減少しているような気がします。
 例えば、我らがサンデーでこの条件をクリアできそうなのは、元々がラブコメマンガでバレンタインデーネタを入れるのが必須条件である「サラダデイズ」を別にすれば、おそらく(皮肉なことに)「勝手に改蔵」くらいしか思いつきません。先週発売された少年チャンピオンでバレンタインデーネタをやっていたのは「おまかせ! ピース家電店」と「ゲッチューまごころ便」の二つだけでしたし、マガジンは「ボーイズビー」はともかく「ラブひな」ですら『マンガの中の季節が現実世界とシンクロしていること』という条件をクリアしなくなった関係で対象から除外されてしまい、ジャンプに至っては前述の友人曰く「こち亀くらいしかないんじゃないの?」(←「りりむキッス」の事は念頭になかった様子)という具合であり、今年はあまりバレンタインデーネタの週刊少年マンガは豊作が期待できなさそうです。

 というか、バレンタインデーネタを扱えるマンガが減少しているということは、それは即ち昔懐かしい「うる星やつら」や「きまぐれオレンジロード」のような、『日常生活の繰り返しを延々と描く』タイプの少年マンガの王道とも言えるマンガが少なくなってきていることを意味しているのではないか、と思います。
 勿論、いわゆる「ラブコメ」を扱うマンガは今も存在しているのですけど、その形は昔の「うる星」のような「基本はラブコメなのだが、世界設定に柔軟性があるので何でもアリ」なものではなく、「ボーイズビー」や「サラダデイズ」、更には現在佳境(というか連載引き延ばし)に入っている「ラブひな」のように「このマンガでは常に恋愛しかテーマとして扱いません!」と高らかに宣言しているような、よりラブ方面に専門性の高いマンガが扱う傾向にあるようです。
 そんな中で、今年チャンピオンでバレンタインデーネタを扱った「おまかせ! ピース家電店」と「ゲッチューまごころ便」は、どちらも『日常生活の繰り返しを延々と描く』という古き良きテーマをキッチリ守っている作品であり、好感が持てました。こういうマンガが雑誌に載っていると、ちょっと安心できます。

 でも、今のところ今年一番面白かったバレンタインデーネタのマンガは、(少年誌じゃないけど)ヤングアニマルに掲載されている「コイズミ学習ブック」(こいずみまり氏)に載っていた「全然モテない男性を、せめて義理チョコが貰える程度までにはモテるように改造する」話たったりします。
 服装やルックスがどうこう言うよりも、やっぱり清潔感を保つことが大切なんですよね(←身につまされているらしい)。


 

更新情報:


01/ 2/ 6  (更新情報へ)

 「宙」と書いて「そら」と読まし、「宇宙船員」と書いて「ふなのり」と読ます!(挨拶)

 既に様々なサイトで話題になっていますけど、私も近未来宇宙SF「プラネテス」(幸村誠/講談社モーニングKC)を買って読んで感動している毎日を過ごしております。

 このマンガの主人公達の仕事は「衛星軌道上に漂うデフリ(人工衛星の破片などの宇宙のゴミ)を回収する」という非常に地味な設定なのですが、それ故に「宇宙空間での厳しい日常を生きつつも、宇宙に対する憧憬や夢を決して忘れない」主人公達の姿が、現在の技術の延長として描かれたメカや航空宇宙技術、および宇宙時代らしく発展した社会形態などの説得力のある舞台設定の中で、リアリティを持って描かれています。

 宇宙を舞台にした作品の肝は何と言っても「読者に宇宙に対するロマンを感じさせことができるか否か」に決まっていますが(オレ裁定では)、この「プラネテス」は久しく忘れていた宇宙への憧れを思い出させてくれるに十分な作品です。
 こんなにグッと来る宇宙SF読んだの久しぶりッスよ!
 萌え!(←安易にこの単語を使うのはボギャブラリーが貧困な証拠なので要注意)


 というか、皆さんはSF大好きですか? こちらは椎名高志ファンホームページ C-WWW です。
 先週は実質的に更新をサボってしまって失礼しました。ただ、ここ最近は仕事がかなり立て込んで時間的・精神的な余裕が無くなって来ていたりするので、ここ数ヶ月はこんな調子で更新が不定期になる可能性が高いです。あらかじめお詫びしておきます。

 そして話はファンサイトらしくこの前のサンデー9号の「MISTER ジパング」に移りますが、まさか例の変な銅鐸の中から出てきたのが「この世界では生まれた直後に死んでいたが、別の世界では生き残っていたことになっていた日吉の双子の兄」だったとは、流石に予想の範囲外でした。
 私がネット等で観た範囲でコレに一番近かった予想は、確か「天下を取ったはいいけど、すっかり歳を取ってボケてイヤな老人になった未来の秀吉が出てくる。信長はそんなアレな秀吉を見て幻滅」ってのだったのですけど、それとは明らかに方向性が違う展開に入ったみたいですね(当たり前)。

 今回出てきた「本当の秀吉」こと日吉兄(世間では「黒日吉」という愛称で呼ばれている模様)についてはまだ謎な部分も多いのですが、何にしろ彼は今後このマンガの中でかなり大きな役割を担うことになるのは間違いないでしょう。何故なら、日吉兄はこのマンガの世界設定(特にSF寄りな部分)の根幹そのものに深く関わっており、ある意味「このマンガのフィクション面を象徴するキャラ」と言えるからです。
 天回が言うところによれば、この日吉兄は「二つの時空の流れのそれぞれにチャンネルを持っているヒカゲ/ヒナタの能力によってこの時空に連れて来られた、二つの時空の間の差分要素。『本物』の秀吉はこちら」であるということなのですけど、この説明だけでも「二つの時空」「時空の間の差分」「『本物』の秀吉」等の平行世界SFネタっぽいテクニカルタームが満載であり、如何に彼の存在がこのマンガのフィクション要素の固まりで構成されているのかを示唆していると言えます。

 また、そんなSFっぽいタームを度外視して彼を単に新しいキャラとして見た場合でも、「顔が日吉と一緒だけど性格が全然違う」という特性があるので、彼がこっちの世界の日吉と邂逅したらどうなるのかとか、日吉兄にとっても将来の主君となる(はずの)信長と出会った時に両者はお互いをどう思うのかなど、今後の展開への興味は尽きません。性格が対照的なキャラをライバル同士として競わせるのは、少年マンガのお約束ですしね。

 つまり彼は、このマンガのフィクションっぽい部分における重要キャラであると同時に、このマンガのストーリーを創造することができるだけのポテンシャルも持っているという非常においしいキャラである、と定義することができます。
 そのキャラがそこに存在しているだけで、今後の展開を牽引する程の威力を持つという意味において、彼は以前ここで絶賛した柘植 樹歩武の駒)に相当する威力を持ったキャラであると言えましょう。
 縁起が悪い例えですか?(そう思います)


 そして先週のサンデー9号では、天回が「ヒナタの力で巨大な銅鐸から日吉兄が召喚された理由を説明する」という形でこのマンガの世界設定の一端をバラしてくれた点でも、なかなか興味深かったと言えます。
 このマンガでこのような世界設定ネタに直接触れる機会は今後しばらく出てこないんじゃないかと思うので、今のうちに今回までに明らかになった世界設定の数々をまとめておきたいと思います。

サンデー9号までで明らかになった設定:

 

この設定を元に、これまでのソレっぽい台詞の意味を検証してみる:

この日本の最初の王になる!
(「眠る忍者」編その4のヒカゲの台詞)

 彼女の予知能力の特性――ここじゃない別次元の流れを感じる――からすると、「ヒカゲの世界では」豊臣秀吉が天下を取っている模様。この段階では、まだヒカゲはこの世界は『自分の世界と極めて相似な関係にあり、日吉=後の豊臣秀吉と思っていた』のだから、この台詞は歴史的な裏付けがある正しい予言だ。
 しかし、「この世界の日吉は豊臣秀吉ではない」ことが判明した今、日吉が(我々がよく知っている)豊臣秀吉のように天下を取る、という保証はなくなってしまった。それどころか、ヒカゲがチャンネルを合わせている世界からホンモノの秀吉がこっちの世界に来てしまった関係上、ヒカゲの世界も大きな歴史の変化は避けられない。ヒカゲの予知能力にも何らかの変化が起こる可能性もある。

彼がこんなところでどうにかなったりするわけないじゃん。 あれは豊臣秀吉なんだから
(「戦争の猿たち」編その1のヒカゲの台詞)

 上で推測した通り、日吉はヒカゲが知っている豊臣秀吉ではない。実際問題、日吉が駆り出された戦いで、彼は「どうにかなったり」しそうだったのだ。
 彼を救ったのは、こちらの世界の予言者であるヒナタの能力だった。

「(天回宗という名前を聞いて)おかしいわ、ありえない! そんな教団はこの時空には――
(「戦争の猿たち」編その1のヒカゲの台詞)

 ヒカゲは、自分がチャンネルを持っている世界、および武田忍軍に所属していた頃に収集したこの世界についての知識を持っているが、そんな彼女にも「天回宗」(=天回)には心当たりがなかった。この段階で、ヒカゲはこの世界が自分の知っている世界とは様相が異なっていることを察したと思われる。
 また、ヒカゲが天回の存在を知らなかったという事は、天回はこの世界でもアッチの世界の住人でもない、まったくの異邦人である可能性がある。というか、我々の世界にも、額に目玉があってそこからビームを出せる種族は生息していない。何物ですかあの変態は?

これぞまさに歴史を変える銃弾じゃ
奴がいなくなれば、後の信長の力は半減する! 信長の仕事のペースを、本来よりゆっくりにするのが我々の狙いぞ
(「戦争の猿たち」編その1・2の天回の台詞)

 日吉は天回が思っていたような人物ではなく、まだ「秀吉ではない何か」に過ぎない存在なので、ここでもし日吉の狙撃に成功したとしても、「奴(日吉)がいなくなれば信長の後の力が半減する」効果が発揮できたかどうかは不明。この時は、まだ天回はこの世界が秀吉が存在していない世界であったことに気付いていなかったのだ。
 でもまぁ、本当に日吉がここで姿を消していたら、信長のその後の行動は大きく変わっていただろうし、何よりも後の織田信友との清洲城の戦いで信長が狙撃されて死んでいた可能性が高い。もしそうなれば、歴史は天回の思惑を越えてシッチャカメッチャカになる事は必至であった事を考えれば、ここで狙撃に失敗したのは彼にとっても幸運だったのかも知れない。人生万事塞翁が馬(教訓)。

この世界はどこかおかしいの! 私の認識とこの世界には、誤差の範囲を超えたズレがあるわ
(「継ぐのは誰だ」編その1のヒカゲの台詞)

 天回の介入により、ヒカゲが認識できない程の歪みが生じつつある事を示唆する台詞。
 この後、ヒカゲは松下加江もまた彼女の世界とのズレの一つであることを告げるのだが、本来男として生まれてくるはずだった彼女が女として生まれてきたという事は、彼女が生まれた段階で、既に歴史の流れの分岐が発生していたのかも知れない。加江には、まだ何かの伏線が用意されている可能性もある。

史実よりわずかに早いな
(「傷だらけの天使たち」編その1の天回の台詞)

 信秀の死を察知したヒカゲの報告を聞いた時の台詞。天回が『史実』を知っていることを示唆する。
 しかし、彼の言う史実とは、どこの世界の史実なのだろうか。我々の世界の『史実』と照らし合わせれば一番シックリ来るのだが、でも我々の世界にはこんな額に目玉があってそこからビームを出せる変態いないしなぁ(しつこい)。

つまりあなたは――未来から来たということですか?
(「傷だらけの天使たち」編その1のヒカゲの台詞)

 その後、天回は「それが本当かどうかは私自身にも判らぬ」とあやふやな答えを返し、そして「だが、自分が何物かわからんという点では、お前も同じだろう?」と話題を逸らす発言を行っている。ヒカゲの現在の意志は「自分が歴史上で与えられた役割について自分自身で解き明かす」ことなのだが、この天回殿(変態)も、また歴史上での自分の役割についてはよく判っていないのかも知れない。
 ただ、「信長の威力を殺ぐ」という明確な行動目標を持っていることを考えると、過去(あるいは未来)に信長と敵対した経験があるのは間違いなさそうだ。『史実』で信長に焼き討ちされた比叡山の関係者なのかも知れない。

 

残った謎:

 

 という感じで、妄想すればする程に変な謎がワラワラ出てきて大変興味深いんですけど、ただこのマンガの基本はあくまで「戦国時代をテーマとしたマンガ」であり、「時間SFマンガ」ではないことを忘れてはいけません。
 これらのフィクションな設定は非常に興味深いものではありますが、この要素がこのマンガの本来のテーマである「ノンフィクションな戦国時代」と上手くリンクしなければ、このマンガのキャッチコピーである(らしい)「戦国ファンタジー」として成立しないのです。

 それ故、今回出てきた日吉兄と、木下籐吉郎こと日吉は、この「フィクション」と「ノンフィクション」な歴史上の人物との間をつなぐ重要な役割を持つことになると思われます。いわゆる仮想戦記モノの醍醐味は、本来ならば「もし」が許されない既存の歴史の世界に、ほんの少しの『もし〜だったら』という要素を入れることによって読者の知的好奇心を刺激する点にありますけど、「MISTER ジパング」においてはこの二人の日吉の存在が『もし〜だったら』に相当するでしょう。
 フィクションな要素をノンフィクションな歴史に絡めた描写ができるかどうかが、このマンガが「歴史ファンタジー」として成立するかどうかのポイントになりそうな気がします。

このマンガも、連載1年近くになっていよいよ佳境に差し掛かって来たみたいですね。


 

更新情報:


お知らせ

 掲示板の方でも書きましたけど、昨年末から私のメールアドレスに W32/Hybris と呼ばれるタイプのウィルス添付メールが届くようになりました。
 W32/Hybris は、感染者が Web やメールを使用している際に、メールアドレスっぽい文字列を見付けるとそこに対して自動的に自分自身を添付したメールを送信するというやっかいな機能を持っているので、自分が知らない間に多数の人にウィルスをばらまいているという事にもなりかねません。
 当サイトを巡回している Windows ユーザーな皆さんは、一度自分のマシンが W32/Hybris に感染していないかどうかチェックしてみることを強くお奨めします

情報サイト:トレンドマイクロの警告ページシマンテックの Hybris 駆除ツール

お知らせその2

 椎名先生のサイトの今週の更新で「ファンレターに関するFAQ」が公開されていますが、ついでにこのサイトからもお願いを一つ。

 また、当サイトでは(直接先生のところに送っても決して読まれないらしい)作品に対する批評・評論・考察記事も受け付けていますのでよろしく(←営業活動)。『作品に対する批評』を必要としているのは、作者よりも「自分がその作品を読んだ感想を肯定・補強してくれる意見」を求めている読者の方なんじゃないかと、私なんかは思っていますので。

 しかし、作者に直接批評をぶつけるなんて、皆さんホント度胸がありますよねー。
 私なんか怖くてとてもとても(笑)。


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