「コナン」の高木刑事は幸せになるべきだと思ったサンデー51号感想

史上最強の弟子ケンイチ

 「中華街じゃいつもこんなのと戦う毎日だったわ!

 昔の「拳児」もそうだった記憶があるのですが、格闘マンガ界における横浜中華街は常に中国拳法使い同士が闇でバトルしてたりするバイオレンスアンダーグラウンドである、という不文律があるように思えます。海外のマンガで現代日本にニンジャが出てくるのとノリとしては同じようなものなのかも知れません。
 表通りでマクロスFの「まぐろ饅」を売ってたりする裏では中国拳法の使い手達が火花を散らす。いいなあ横浜中華街(いいの?)。

 あと、「ケンイチ」に出てくる格闘体系って格闘マンガの中でもかなり独特なものなんじゃないかと、最近になって思う様になって来ました。前回のバトルにおける、ケンイチが連華にガイドされながら攻撃をすり抜けつつ九官鳥男の背中によじ登る展開なんて、まかり間違いなくこのマンガ世界でなければ成立しない戦法だと思われます。作者の松江名先生の想像力はホントに凄いです。
 Wikipediaの「ケンイチ」の項目には、この作品の世界観が簡潔にまとめられていて参考になります。

結界師

 「何このまやかし、超スゲー!」って言ってる良守がバカっぽくて良かったです。こういうバカっぽさと、烏森を守るために修行に打ち込む一途さの描写のバランスが取れているのが地味に凄いと思った回でした。

 あと今回は、カケルに引っぱたかれた「壱号」が、屈辱に耐えつつも冷酷な意志を瞳の奥に秘めているようにも、それとも単にカケルに叩かれて赤面している様にも見えました。彼はサドなの? それともマゾなの?(←そういう視点からだけでキャラクターを判断するのは止めよう)

神のみぞ知るセカイ

 ゲームに限らず、パソコンに向かってネット相手に作業してると、自分がリアルな世界に肉体を持っている存在であることを忘れてしまうことってよくありますよね?(挨拶)

 ただ桂馬の場合、彼のリアルに対する拒否姿勢は明らかに「ゲームに没頭する自分の存在を理解してくれない」という怨恨絡みであり、逆にいえばそのルサンチマンがあるが故に彼はゲームの世界で「落とし神」となるまで技術と才能を極めることができたという側面もあるので、そこは相当やっかいです。リアルの拒否は桂馬のアイデンティティの拠り所なのです。
 今回のエピソードは、歩美が桂馬にそれとなくアプローチをかけて来たところから推測すると「リアルからの干渉」がテーマになっているように思えますが、如何に桂馬がリアルを嫌っていようとも、彼がリアルの世界に肉体を持っている以上、生きている間はリアルは常に彼に迫り来る訳であり、この問題は避けて通れません。要するに、桂馬には都合が悪いことかも知れませんが、彼は次第にリアルの世界でモテ始めてしまっているのです。
 桂馬が斯様なリアルに対してどのように折り合いを付けて行くのか? ということに対する結論が出るのは、それこそこのマンガが終わる時になるんじゃないかな、とか考えてしまいました。

 あと今回の展開では、結局桂馬はちひろの恋のお手伝いをすることになりそうな雲行きですが、少女マンガとかだと「ヒロインのことが一番好きだったのは、実は彼女の恋の手伝いをしている幼なじみの男の子だった!」みたいなパターン以外はあり得ないので、何かこれからそういう方向でフラグが立つ展開を期待していきたいです。ベタな展開大好き。

アーティストアクロ

 アクロの「信じてっから」という言葉一つでフラグが立っちゃったスバル坊ちゃんが良かったです。
 あと、アクロとスバルが番犬相手に息のあったコンビプレーを見せつけるところも良かったです。まーあの二人ってすっかり息が合っちゃってもー(←見合いセッティングマニアの槍手さんっぽいしゃべり方で)

 そして、デコの話し相手が「一人じゃ創れんモノもあるぞ」と言った次のコマに、『なんとも首の痛くなる海』の中にある「握手」のスタチューを挿入する作者のセンスは素晴らしいと思いました(フォロー)。

月光条例

 今回は「わらしべ長者」。「わらしべ長者」の能力を『わらしべとあらゆるモノを強制的に取り替える』と定義したのも凄いなと思いましたが、それ以上に月光がわらしべ一本で超おとぎ話級の大冒険を経験したってエピソードにしたのは更に凄いなと思いました。何が凄いって、こんなおかしな話を考えつく作者の頭が。
 1話完結のエピソードになってからというもの、何かこのマンガが内包している狂気っぷりが加速しつつあるような気がします。藤田先生は永遠に侮りがたい作家です。

魔王

 自分がバットで撲殺しようとしたマスターが自分の目前で「押し屋」に殺されたことを逆恨みし、バットを持ったまま能力(推測:ギャンブルでは自分の思った通りの結果になる)を駆使して彼を追跡、自宅を発見したら扉をバットで殴りつけて「押し屋」を脅迫するという、潤也の常道を逸した狂気っぷりが大変に面白いエピソードでした。
 こういう主人公の存在を許せる文化がある限り、サンデーという雑誌はまだ大丈夫ではないかと個人的には思ってます。

 あと最期に出てきた兄弟(兄妹?)は、確か前にアンダーソングループのビルの工事現場で「事故」に巻き込まれた子達だったような気がします。

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